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  • 一度きりの道  -『夜のピクニック』 恩田陸

     04, 2016 17:59
     前回にお知らせしていた通り、しばらく入院のため更新をお休みしていました。今回から更新再開です。またよろしくお願いします。

     手術をして、集中治療室での一泊も経験しました。体が動かせず、天井を見つめているしかない夜はとても辛く、長いものでした。ですが、自分の中の汚れた気持ちや欲が全部そぎ落とされていくような、そんな感覚もありました。ですから、大切な夜でもあったのだと思います。こうやって戻ってこられたことには、ただただ感謝しかありません。



     集中治療室で経験した大切な夜のことを書きました。さて、今回登場する小説にも、ある大切な「夜」が出てきます。恩田陸さんの代表作、『夜のピクニック』です。

     高校生の時の、たった一度の夜のお話。たった一度のその夜は、ずっと一生胸に刻まれる、そんな大切な夜になりました。



    特別な夜



     高校生活最後を飾るイベント「歩行祭」。それは全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通すという、北高の伝統行事だった―(あらすじより)

     『夜のピクニック』の舞台になっているのは、ある高校の「歩行祭」というイベントです。夜を徹して80キロもの距離を歩き通す・・・大変なイベントですね。作品でも、その過酷さがありありと描かれています。

     ですが、この作品でメインとなっているのは、歩行祭の過酷さではありません。大変な行事には違いありませんし、苦しい思いだってたくさんするはずです。しかし、作品を読んでいて肌で感じるのは、そんな苦しさなどどこかへ消えて行ってしまうような、充実した、何者にもかえがたい空気でした。

    みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。

    どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。



     この作品を代表する一節だと思います。そして、「青春」というものの大切さを雄弁に語ってくれる一節だとも思います。読みながらいろいろなことを思い出しました。私と同じように、いろいろなことを思い出したという人も多いのではないでしょうか。ちょっと照れくさい言い方ですが、「青春が詰まっている」―そんな風に言える小説だと思います。

    一瞬を積み重ねている



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     そんな歩行祭に、ある小さな、いや大きな決意を胸に秘めて参加していた一人の少女がいます。甲田貴子(こうだたかこ)です。彼女には、西脇融(にしわきとおる)という「異母きょうだい」がいました。父と母の間に生まれた融。そして、父と不倫相手の間に生まれた貴子。同じ父を持つ二人とはいえ、お互いの存在は、すぐに許容できるものではないでしょう。同じ学校に通い、同じクラスになりながらも、2人は距離を取り続けていました。

     歩行祭の日に、融に話しかける。そして、返事をもらう。貴子の賭けは、世界の片隅にあるほんのちっぽけなものだったかもしれません。ですがそれは、貴子と、そして融の今後の人生を変えるような、大きな賭けでもあったのです。

     さて、「青春が詰まっている」この作品。その魅力には、「一度きり」が協調されている、ということが挙げられると思います。たとえば、こんな一節が出てきます。

    昨日から歩いてきた道の大部分も、これから二度と歩くことのない道、歩くことのないところなのだ。そんなふうにして、これからどれだけ「一生に一度」を繰り返していくのだろう。いったいどれだけ、二度と会うことのない人に会うのだろう。なんだか空恐ろしい感じがした。



     すべてのことが一度きりだと気付くのです。そうすると彼らは、歩行祭の時に通る何の変哲もない平凡な景色ですら、感慨深く思えてくるのでした。毎日惰性のように流れて行く平凡な時間。しかし、それは決して取り戻すことのできない「一瞬」の積み重ねでもありました。歩行祭というイベントは、彼らに「一瞬」と「一度きり」の大切さを教えてくれました。

     一瞬や一度きりの積み重ね。ワクワクするような気持ちを覚えますが、同時に怖さも感じはしないでしょうか。「空恐ろしい感じ」という部分には大きく頷かされます。一瞬や一度きりのことが、その後の人生を大きく変えてしまうかもしれない。しかも、変わってしまった人生は、もう二度と後ろに戻ることはできない。そんなところからくる「空恐ろしさ」だと思います。「二度と歩くことのない道」には、「人生」が重ねられているのでしょう。その道を進んでいく、一歩の大切さを噛みしめたい気持ちになります。

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     私が中学生や高校生だった時、一瞬がどうとか、一度きりがどうとか、そんなことは考えたこともありませんでした。毎日が流れるように過ぎていって、流されるままに生きていました。流れて行ったその日々のありがたみや大切さを知ったのはいつもその後です。まだ20歳ですし、青春を遠い目で振り返る年齢ではないはずなのですが、青春のことを考えると遠い目になります。それぐらいにあの日々は、余裕のない毎日を必死に生きていた日々だったのだと思います。

     この本を読んでいて、私は彼らをうらやましく思いました。それは、彼らが「気付けた」からです。人生は一瞬を積み重ねていること、全ては一度きりであること。それに「気付けた」こと。普通に暮らしていたら気付けなかったと思います。彼らにそれらを気付かせてくれたのは、紛れもなく、歩行祭というイベントのおかげでした。

    なぜ振り返った時には一瞬なのだろう。あの歳月が、本当に同じ一分一秒毎に、全て連続していたなんて、どうして信じられるのだろうか。



     大切なことに気付けた彼らが、本当にうらやましかったです。同級生たちと過ごした、たった一晩の夜。しかし、その一夜は、大げさでもなんでもなく、彼らの人生を変える大切な夜になったに違いありません。

     そして、大切なことに気付かせてくれた夜が、主人公の貴子にとびきりの勇気をくれました。貴子が胸に秘めていた「賭け」はどうなったのでしょうか。その先のあらすじは本に託しますが、胸が温まる結末になっていることは間違いないと思います。中盤に出てくる「缶コーヒー」のシーンでは、胸が温まり、思わず拍手をしたくなりました。

    夜というスパイス



     タイトルにもなっているように、「夜」という時間がこの作品において持つ意味は大きいです。例えるなら、作品に素敵な味を付けてくれる、とっておきのスパイスとでも言えるでしょうか。

     普段、クラスメートと夜を共にすることはありません。歩行祭は、普段は一緒に過ごすことのない同級生と夜を過ごす、という意味で特別なイベントでした。

     普段一緒に過ごすことのない人が隣にいると、ちょっとテンションが上がりはしないでしょうか。私は小学校の時にあった宿泊学習を思い出しました。夜に、クラスメートと一緒にいる・・・そう思うからでしょうか、不思議な高揚感がありました。

     そして、皆がそんな不思議な高揚感に包まれると、普段はのぞけないクラスメートの本当の顔が見られます。いつもは口に出さないことが口をついて出たり、いつもよりちょっと大胆になってみたり。そんな「夜のスパイス」が、作品に上手く生かされているように感じました。夜になると急に元気になるクラスメート、なんてのも登場して、思わずほほえんでしまいました。どのクラスにも必ず一人はいそうな人ですね。

     夜になるとポロリとこぼれる本音。その中から、私が一番印象に残ったものを最後に紹介します。融の友達、忍がこぼしたセリフです。彼は、「雑音」という言葉を使いました。

    だけどさ、雑音だって、おまえを作ってるんだよ。雑音はうるさいけど、やっぱ聞いておかなきゃなんない時だってあるんだよ。おまえにはノイズにしか聞こえないだろうけど、このノイズが聞こえるのって、今だけだから、あとからテープを巻き戻して聞こうと思った時にはもう聞こえない。おまえ、いつか絶対、あの時聞いておけばよかったって後悔する日が来ると思う」



     青春は、「雑音」だらけです。どうでもいいような話題で盛り上がり、くだらないことで悩んで、小さな世界の中で馬鹿みたいにもがいています。でも、そんな「雑音」は、たくさんの回り道、寄り道の数々は、後で思い返してみると、全てが自分を形作っていた大事な経験だったと気付くのです。

     青春という、「雑音」に囲まれた日々。今まさにその雑音の中にいる人たちのことがうらやましくてなりません。雑音に囲まれている幸せを噛みしめて、「一度きりの道」を思い切り前進してほしい、と心から思います。



    オワリ

     この作品は読書感想文でも定番の作品になっていそうですね。本当に、気持ちのいいくらい「青春」が貫かれています。これを描き切った恩田陸さんに拍手です。

    『ボトルネック』 米澤穂信

     恩田陸さんが描いた青春は、明るく、輝きに満ちた青春でした。こちらは同じ青春でも全く正反対です。青春の影、危うさ。こちらも「青春」を貫いたという意味で価値のある米澤穂信さんの代表作です。

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    恩田陸, 小説,



    •   04, 2016 17:59
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