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  • 「詩集 ともだちがいない!」 谷川俊太郎(前編) ~ほんとうのともだち~

     04, 2017 14:43


     前後編の2回に分けて、谷川俊太郎さんの詩集、「ともだちがいない!」をご紹介します。タイトルにちょっとドキッとさせられるこの作品は、翻訳者の柴田元幸さんが責任編集をつとめている本の雑誌、「MONKEY」の第11号に収録されています。

    MONKEY vol.11 ともだちがいない!MONKEY vol.11 ともだちがいない!
    柴田 元幸,チャールズ・ブコウスキー,村上 春樹,村田 沙耶香,伊藤 比呂美,谷川 俊太郎,くどうなおこ,松本 大洋

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     「MONKEY」の今号の特集が、「ともだちがいない!」というものです。谷川さんは、特集に合わせて、「ともだちがいない!」ということばから自由に連想した計10篇の詩を雑誌に寄せています。「ともだちがいない!」ということばから、いったいどんな世界が広がっていくのでしょうか。前編の今回は、「ほんとうのともだち編」と題して、3つの詩をご紹介しようと思います。



    M



     詩のすべてを抜粋することはできないので、詩の一部を引用させていただきながら、私が感じたことを加えていく形でご紹介させていただこうと思います。

     それでは、さっそく最初の詩の紹介に移ります。最初の一篇は「M」という作品です。この作品に書かれていることは、きっと誰もが一度は感じたことのあることだと思います。「ともだちって、なんだろう?」考え出すと、その問いに対して驚くほど何も答えられなくなって驚くのです。

    「M」 谷川俊太郎

     「私」と「M」は仲の良い2人組のようです。Mは私のことを「親友」と言ってはばかりません。ところが、私のほうはそうではないのです。「私は親友だって思ってない」私はそう言い放ちます。そして、親友どころか友達とも思ってない、と言うのです。

     とても残酷な告白です。どうして相手は親友だと言ってくれるのに、私は友達だと思えないのでしょうか。谷川さんはこんな風に綴ります。

    人間として尊敬してる
    つきあってて嫌なことはひとつもない
    好きな歌だって似てる でも
    ハモる気になれない



     私はちょっと驚いて、数回繰り返して読みました。友達じゃない!なんて言い放つのですから、私はMのことが大嫌いなのだと思っていました。しかし、大嫌いどころか、Mは「尊敬」の対象でもあるのです。ちょっと一筋縄ではいかない感情ですよね。

     最初は少し驚きましたが、何度も読むうちに、「分かる」と思い出してきます。「いい人だけど、友達とはまた違うよな」そんな風に思うことはありませんか?私はけっこうあります。「友情」と「尊敬」って、案外遠い感情なのかもしれません。

     子供の頃、「友達」「親友」「クラスメート」の違いを真剣に考え、いつも悩んでいたことを思い出しました。「この人は『親友』、『友達』、それともただの『クラスメート』?」「私は親友だと思っているけれど、向こうはそう思っていないのかもしれない」(←そう思う時点で、すでに親友ではないのでしょうけど・・・)。同じようなことを考えていた方はいないでしょうか。私は、そのあたりの定義にいつも揺れていました。



     谷川さんのこの詩でぐっとくるのは、やはりこのフレーズでしょう。

    でも ハモる気になれない



     人間って、とても歪な動物だと思います。高い知能を身に付けて、もっともらしい理屈を並べて自分を飾ろうとします。でも、よく考えると人間も「動物」です。つまり、結局は「本能」の部分に支配されている、ということです。

     私たちが誰かと「ハモる」ということ。何も努力しなくても、自然に「ハモる」人もいれば、この詩に書かれているように、どうしても「ハモる気になれない」ひともいます。そのあたり、何が違うのか、考え出すととても難しいです。だけど、この詩のように自分の気持ちをそっと正直に吐き出してみればいいと思います。何が良いとか悪いとかではなくて、嘘偽りのない、自分の気持ちです。

    本田



     つづいては、ちょっと残酷な詩をご紹介しましょう。書かれていることは、「いつもたくさんの人に囲まれているのに、実は友達はいなかったんじゃないか」ということ。背筋がぞくりとしますね。

    「本田」 谷川俊太郎

     本田が死んだ、という知らせが私のもとに届きます。遺書はなかった、とありますが、自殺したのでしょうか。本田は「誰とでもすぐ友だちになれる奴だった」、私はそう思い返します。ところが、です。私は降りしきる雨の中で、ある思いにとらわれるのでした。

    雨がざあっと降ってきた
    本田には友だちは一人もいなかったんじゃないか



     鳥肌が立ちます。外で降りしきる雨と、静かなベットの上。そこで湧き上がってきた思いは、もっとも恐ろしい気付きでした。まるで、パンドラの箱を開けてしまったような気分になります。

     この詩にも、一見矛盾した複雑なことが述べられていますね。本田は「誰とでも友だちになれる奴」でした。そしておそらく、いつも多くの人に囲まれていたことでしょう。それなのに、「友だちは一人もいなかったのではないか」と「私」は思うのです。自殺の知らせが、ふとそんな思いを去来させたのでしょう。本当のところがどうなのかはわかりません。ですが、私はぞっとするくらいの「真実味」を感じました。

     いつも多くの人に囲まれていたけれど、それらの人々にはいつも「偽りの自分」を見せていた。
     「本当の自分」をさらせる人は、実は一人もいなかった。
     「友だち」のようで、そうではない人たち。彼らの存在が、かえって本田を孤独に追い込んだ。

     「誰とでも友だちになれることは、『誰とも友だちになれない』ことでもあった」

     私なりに、詩に書かれていることを深めてみました。「誰とでも友だちになれる」という文字を最初に見た時は、とても素晴らしいことのような気がしました。しかし、詩を読んだ後にとらわれるのは、それとはまったく逆の思いです。実は、「誰とも友だちになれない」こと。文字を並べてみると似ていますが、恐ろしいくらい、まったく正反対のことですね。

     本田の死を受けて、「私」はこんなことを思います。この詩のキーフレーズでしょう。

    友だちは一人でいい
    不意にそう思った



     たった一人の友達。なんだか寂しいことのようにも思えます。でも、それが「たった一人の『本当の』友達」なら、決して寂しいことではありません。でも、私たちは同時に知っています。その、「本当の友達」を見つけるのはとても難しいのだということを。

    祖父の述懐



    「友達がいなかった」という残酷な詩を紹介しました。ちょっと気分が落ちてしまうので、前編の最後はそれとは反対の詩をご紹介することにしましょう。すなわち、「本当の、特別な友達」についての詩です。

     「祖父の述懐」 谷川俊太郎

     「祖父」の親友、三上が亡くなりました。祖父は三上の死のことを静かに語っているようです。

     親友の死に顔を見ても、祖父は泣きませんでした。ただ、死という事実に呆然としただけでした。しかし、朝の日差しが差しこんできたとき、祖父の中で何かが決壊したようです。祖父は、いきなりどこかから湧いてきた涙が止まらなくなりました。

     そして、こう語ります。

    悲しいというのとはちょっと違う
    三上との付き合いのあれこれを思い出したのでもない
    ただ三上という泉からとめどなく涙が湧いてくる
    そんな感じだった



     前の二つの詩とは違って、私はここに書かれていることを深く理解できませんでした。というのも、私はまだ大人になったばかりで、「友達の死」というものを経験したことがないからです。同窓会では、欠席する人もいますが、ほとんど皆がそろって、誰かが亡くなった、などということはまだありません。

     大切な友達が亡くなると、どのような気持ちになるのでしょうか?

     大切な友達を亡くした経験のある方は、ここに書かれていることを深く理解できるのかもしれません。しかし、谷川さんのこの詩は、まだそれを経験したことのない私にも、何か大切なことを伝えてくれるようでした。


     谷川さんの書かれた、この一行が胸に染みます。

    ただ三上という泉からとめどなく涙が湧いてくる



     大切な友達の存在を、涙が湧き出る泉に例えています。美しく、高潔な一行です。きっと、そこから湧き出たものは涙だけではないと思います。これまで過ごしてきた日々、数々の思い出、時には胸にしまい込んでしまいたくなるような出来事・・・。

     友達という「泉」には、たくさんのものが詰まっていました。だからこそ、そこからは涙があふれ出た。祖父と三上が過ごしてきたかけがえのない日々が、たった一行で語られています。たった一行が、胸にずしりと沈み込んできますね。

     祖父は最後にこう言います。

    三上はやっぱり特別な友だちだったんだ



     ふと、思います。
     自分は泣けるのだろうか。誰かに泣いてもらえるのだろうか。

     本当の友達を考えるということは、きっとそういうことなのでしょう。



    オワリ



     谷川さんの詩は相変わらず素晴らしいものでした。後編は、「ひとりとふたり編」と題して、2つの詩を紹介した後、最後にまとめの文章を書こうと思っています。

     そして、雑誌「MONKEY」の特集、「ともだちがいない!」をこのブログで特集することにしました!この雑誌には、谷川さんの詩の他にも、「ともだちがいない!」というテーマのもとに集められた素敵な作品が多数収録されています。とても感銘を受けたので、全作品を紹介することにしました。全9回の特集にする予定です。

     この記事の後編は、アップしたらこちらにリンクを貼ります。後編もぜひご期待ください。

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