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  • 「詩集 ともだちがいない!」 谷川俊太郎(後編) ~ひとりとふたり~

     11, 2017 13:06

     前回に続き、谷川俊太郎さんの詩集、「ともだちがいない!」をご紹介します。後編は「ひとりとふたり編」と題して2つの詩をご紹介します。全部で10の詩が収録されていますが、今日紹介する2篇は、谷川さんがもっとも伝えたかったことが含まれている詩だと思うので、要注目です。

    「詩集 ともだちがいない!」 谷川俊太郎(前編) ~ほんとうのともだち~
    前編の記事はこちらからご覧ください。

    MONKEY vol.11 ともだちがいない!MONKEY vol.11 ともだちがいない!
    柴田 元幸,チャールズ・ブコウスキー,村上 春樹,村田 沙耶香,伊藤 比呂美,谷川 俊太郎,くどうなおこ,松本 大洋

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     雑誌、「MONKEY」に収録されている今回の詩集、「ともだちがいない!」ちょっとドキッとするタイトルですが、実は私たちが生きるとはどういうことか、というとても大切なことを教えてくれるのです。



    ひとり



     今回は「ひとりとふたり編」と題していますが、紹介する2つの詩はタイトルそのまま、「ひとり」と「ふたり」です。まずは「ひとり」のほうから見ていくことにします。

    「ひとり」 谷川俊太郎

     詩の紹介に入る前に、よかったら、「ひとり」と小さくつぶやいてみてください。吐き出された「ひとり」という言葉は、どんな空気をまとっていたでしょうか。私は、「ひとり」というと、どうしても寂しいものを想像してしまいます。自分がつぶやいた「ひとり」という言葉は、少し冷たく、ひんやりとしていました。

     でも、知っています。「ひとり」には、もう一つの側面もあるのです。たくさんの本を読んできたので、何となく感じる部分があります。そして、この詩もまたそうでした。

     友人とけんかをした「ぼく」は、一人で椅子に座って考え事をしています。前半は、少年が思いをめぐらせています。窓から差し込む風、鳥の鳴き声、遠くにかすむ山。そんなものが並べられています。一人きりになると、感覚が敏感になりますね。普段見えていなかったものが見えて、聞こえていなかったものが聞こえてくるような。この詩の前半は、そんな感覚を巧みに描いています。

     後半は、「ぼく」のこんなことばから始まります。

    ぼくが 居る ひとりで



     谷川さんのぶつぎりのことばは、とても力強い。どちらかというと穏やかな前半から、いきなりこのことばへとつながるのです。なんだか目の前にいきなり大きな山が現れたような気にでもなります。いったい、どんな展開が続くのでしょうか。

     次からの3行が、とても印象的です。ぜひ、じっくり味わってみてください。

    ぼくという人間は一人だけ
    あいつという人間も一人きり
    一人だからぼくはぼくになれる



     私たちは友達や家族を作ります。多くの人は、そうやって誰かと一緒に生きて行きます。ですが、だからといって人間から「ひとり」の時間がなくなるわけではないことを、私たちは知っていると思います。「ひとり」の意味を、この部分が教えてくれるのです。それは、「自分が自分でいられる時間」でした。

     「ひとり」には、寂しさのほかに、もう1つの側面があると書きました。それは「強さ」だと私は思っています。吐き出した「ひとり」という言葉は、たしかに一見、冷たく、ひんやりとしていました。しかし、そこには、決して消えない「強さ」や「ゆるぎなさ」の気配も、私は感じるのです。

     谷川さんは、終盤でこんな風に書いています。

    独りは、いい
    生きていると思えるから



     かすかに感じていた、「揺るぎない強さ」への気配が、谷川さんの言葉によって、確信に変わっていきました。

    ふたり



     さて、「ひとり」の次に書かれていて、10の詩の最後を締めているのが「ふたり」です。「ひとり」の次に「ふたり」-。この2つは、内容もリンクしています。心憎い構成ですね。

    「ふたり」 谷川俊太郎

     内容がリンクしている、と書きました。どうやら、けんかをしていた二人が仲直りをしたようなのです。先程「ひとり」で座っていた「ぼく」は、今度は友人と「ふたり」で座っています。ですが、二人でいるだけで、特に何か言葉を交わすこともないのです。

    お前と 居る
    黙って座っている



    お前に言うことは ない
    でもお前と今 居る



     この詩はとても静かです。何だか不安になってしまうくらいに静かです。


     この詩には、谷川さんの素敵な挿絵が挿入されています。挿絵も含めて、一つの作品と言えるでしょう。さて、上の写真はこの「ふたり」という詩の挿絵です。私は少し不思議な気持ちになりました。私だったら、この詩には二人で黙って座っている挿絵を選ぶと思います(貧弱な想像力です・・・)。ですが、谷川さんの書いた絵を見てみてください。いるのは「ひとり」、そして、どうやら「鏡」を見つめているようです。

     谷川さんのこの挿絵は、「ふたり」というものを解釈するヒントになっていると思います。ずばり、「鏡」の部分がヒントです。詩の後半にこうあります。

    気持ちは静かだ

    お前が生きているのを 感じる
    俺も生きているのを 感じる



     先程の「ひとり」の詩を思い出してみてください。人間は、「ひとり」になることで自分自身を見つめることができました。それは人間にとって、とても大切な時間でもありました。では、「ふたり」はどうでしょうか。「ふたり」の価値は、どんなところにあるのでしょうか。

     「鏡」から想像を広げてみます。目のまえにいる誰かを見つめることは、結局、自分を見つめることになるのです。そこには、自分が映っているのです。そして、誰かが生きているのを見て、「俺も生きている」と感じる。ひとりが自分のことを見つめ直す時間であるなら、ふたりは「自分が生きていることを確かめさせてくれる時間」でした。そこに、「ふたり」の価値を感じます。

     ふたりって、結局、なんなのでしょう。谷川さんが書くこの二行は、そのことを教えてくれるようです。

    ふたりじゃなく、オレと オマエ
    ひとりと ひとり



     「ふたり」を、「ひとりとひとり」に読み替えた谷川俊太郎さん。素晴らしい展開だと思います。「ひとりとひとり」などというと、寂しく聞こえるかもしれません。でも、そうではないのです。それは、認め合うことであり、許し合うこと。「ひとりとひとり」になれた時に、「ひとり」は、「ふたり」になるのです。

    ひとりとふたり



    ひとりとふたり、どちらが好きですか?

     とても難しい質問をしました。もしかしたら、究極の質問かもしれません。2つの詩を読みながら、私はずっと考えていました。

     私自身は、どちらかというと、というかかなり「ひとり」寄りです。趣味が読書ということもあると思います。読書は一人で自分のことを見つめる時間に他ならないからです。だけど、「ふたり」にも価値があることを谷川さんは教えてくれますし、私も知っています。

     誰かと分かり合えたと思えるとき。そう思えるまではなかなか大変ですが、そこにたどり着いた時の満たされた気持ちは、「ひとり」では絶対に味わえなかったものです。だから、「ふたり」もいいのです。

     「ひとり」と「ふたり」、どちらもいいのです。この詩で谷川さんが書いているのは、きっとそんなことなのでしょう。


    オワリ



     雑誌「MONKEY」の特集、「ともだちがいない!」を特集します。谷川さんの詩のほかにも、素晴らしい作品がたくさん収録されています。次回はチャールズ・ブコウスキーの詩、「俺の電話」と「カーソン・マッカラーズ」を取り上げます。ゆっくりの更新になると思いますが、ぜひまたいらしてください。

     最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

    「詩集 ともだちがいない!」 谷川俊太郎(前編) ~ほんとうのともだち~
     もう一度前編へのリンクを貼っておきます。

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