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明日は明日の - 『太陽のパスタ、豆のスープ』宮下奈都

 07, 2017 10:48
 「やりたいことリスト」(ドリフターズ・リスト)を作って少しずつ前に進み出そうとする女性の物語をご紹介します。作者は、『羊と鋼の森』で本屋大賞を受賞された宮下奈都さん。今、私が本を読むたびに好きになっているお気に入りの作家さんです。

太陽のパスタ、豆のスープ (集英社文庫)
宮下 奈都
集英社 (2013-01-18)
売り上げランキング: 71,971


 表紙のイメージそのままに、ほんのりとした優しさに包まれた物語でした。少しずつでもいいから前に進みたい、そんな風に思う人の背中を押してくれるはずです。

 「やりたいことリスト」、作ったことのある方はいますか。私は、作ろうとは思うのですがいつもやめてしまいます。リストにしようと思った瞬間、何だか肩に力が入って気恥ずかしくなってしまうのです。主人公もその点は同じでした。さて、彼女はどんな風に前に進もうとするのでしょうか。



内容紹介



エンターテイメント

分のやりたいこと、それを見つめてみたら


 この本の主人公、明日羽(あすわ)は、2年間付き合っていた恋人から、結婚式の直前に別れを告げられます。失意の底にいた彼女に、おばさんのロッカさんが勧めたのが、「やりたいことリスト」(ドリフターズ・リスト)の作成でした。

 自分がやりたいこと。いざ言われてみると難しい。あすわはリストを作ってみたものの、なんだかぼんやりしていて、かえってよく分からなくなります。

 リストに線を引くためにいろいろなところへ出かけ、いろいろな人と触れ合うあすわ。それは自分らしさを探す旅でもありました。

 へんてこだったリストは、最後はどんな風になっているのでしょうか。そして、彼女はそのリストから卒業することができるのでしょうか。


書評



書評

◆ 私の芯になること

 リストにして並べてみるのっていいですよね。勉強リストや買い物リスト、私もよく作ります。終わったことに線を引いて、目に見える達成感がよいのかもしれません。ですが、上にも書いたように、「やりたいことリスト」というのはどうも苦手で、なかなかうまく作れたためしがありません。自分は何がやりたいんだろう?そう考えてみるのですが、案外分からないのです。そうして、だんだん恥ずかしくなってきます。自分以外の誰に聞いても分からないことなのに、自分に聞いても分からない。なんだか不思議な話です。

 急にやりたいことと言われても、なかなか難しいですね。しかもあすわは失意のどん底にいました。気持ちを奮い立たせるのも大変です。何度か書き直して、最終的に固まったあすわのリストは実にヘンテコです。

きれいになる。
毎日鍋を使う。
お神輿。
玉の輿。
やりたいことをやる。
ぱーっと旅行をする。
新しく始める。
豆。



 最初の2つは、ちょっとぼんやりしているとはいえ、まだ分かりやすいです。そこからは、もう「なるようになれ!」という感じでしょう。お祭りに行きたくて「お神輿」。リズムを出そうと韻を踏みたくなって「玉の輿」(笑ってしまいました)。「やりたいことをやる」「新しく始める」なんて、何か言っているようで何も言っていないのと同じです。最後の「豆」、これについては触れないでおきましょう。なんたって、1冊読んだ私もよく分かっていないのです 笑。

 このリストをみると分かるように、あすわはフラットに生きている人です。思うままに、気の向くままに、風の吹くままに。私はとても素敵で、うらやましい生き方だと思うのですが、あすわはそんな自分にちょっと劣等感もあるようです。周りにいる「頑張っている人たち」を見て、自分のことを憂います。

毎日やること。私の芯になるようなこと。ほんとうに、ない、と思う。



 フラットに生きるというのは、言い換えると「自分の芯がない」ということになるのですね。この悩みはとてもよく分かります。マイペースに生きたいと思っても、なかなか上手くはいきません。いつだって、隣の芝生は青いのです。人と比べて、自分が嫌になって、自分を責めて。でもそれは、彼女だけではないと思います。彼女の周りにいる人たちも、颯爽と生きているようで、実は彼女と同じように、小さく悩んでいるはず。読みながら、そう思いました。

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 やりたいことリストのよいところと悪いところを考えてみましょう。よいところは、自分を奮い立たせることができるというところ。

これまでの人生、いいときも、悪いときも、顔を上げていたかどうか気にしたこともない。これまではそれでなんとかなってきた。だけど、顔を上げている、という自覚が必要なときもある。顔を上げて、前を向いていよう。それだけで気持ちを鼓舞することができる。



 悪いところは、肩に力が入りすぎて、頑張りすぎてしまうところ。そのバランスというか、さじ加減が難しいです。私がやりたいことリストを上手く作れない理由の1つも、そこにあるのではないかと思いました。頑張らなくちゃいけないのだけど、頑張りすぎてもいけない。そのさじ加減が自然に上手くできる人のことがとてもうらやましいです。

◆ 肩の力を抜いて

 自分には何もないんだ、そういって悩むあすわですが、私には彼女が他の誰にも負けない大きな魅力を持っているように思いました。それは、おいしい食べ物に感謝できることです。

「あすわ、毎日のごはんがあなたを助ける」



 彼女のお母さんの、素敵なことばです。たっぷりの愛をもらって彼女は育ったのでしょう。「ただ食いしん坊なだけですよ」、彼女に聞いたらそんな風に照れ笑いをしそうです。でも、本人は気付いていないかもしれませんが、おいしい食べ物を食べて幸せになって感謝できるというのは、それだけで誰にも負けない長所です。

 ある時、家族にあてた手紙の最後で、彼女はこう結びます。

「おいしいものを食べようね」



 本人は何気なく書いたつもりかもしれませんが、彼女の人柄がよくあらわれていて、微笑ましくなります。芯がないなんて、そんなことはありません。誰にも負けない長所があるから、あとは「気付く」だけ。そうやって、温かく見守るような気持ちで読み進めました。

 肩に力が入ったり、自分のやりたいことが分からなくなったりして迷走していたあすわの「やりたいことリスト」。ですが、彼女は少しずつ自分の生き方を見つけていきます。

がんばっている人のことは素直に感嘆していよう。自分ががんばれなくても開き直らず、卑下もせず、一番後ろからゆうゆうと歩いていこう。



 一皮むけて、本当にフラットに生きられるようになったとき。やりたいことリストとはお別れです。小さくたたんで、ポケットに入れて、歩き出していけばいい。

 何がやりたいかなんて、最初から重要ではなかったのですね。「自分らしさ」を見つけること。それが、やりたいリストの役割だったのかもしれません。

 落ち込んでいる登場人物に温かいまなざしを向け、少しずつ手を差し伸べていく。これが私の好きな宮下奈都さんです。あすわの人柄と同じように、宮下さんの小説もまたフラットで、よい意味で肩の力が抜けていて。いつも、小さな幸福に気付かされます。

まとめ

まとめ



 自分らしく生きるというのは、言うは容易し、行うは難しですね。いつだって、隣の芝生は青い。それならそれでいいじゃない、そんな生き方ができたらいいなと思います。

対抗しなくていい。対抗しようとしなくていいんだと思う。別の土俵でがんばろうにも、私にはその土俵もない。そういうことを隠したり取り繕ったりしようとするから無闇に焦るのかもしれない。



 そうそう、その心がけです。最初はリストに縛られていたようなあすわが、最後には自然体で前を向いている。その過程は心地よいものでした。

 食べ物がたくさん出てくるこの小説。その特色を生かして、最後はやりたいことリストが「一切れのパン」に例えられます。いったいどんな意味でしょうか。一切れのパンを探しに、ぜひ本を開いてみてください。



オワリ

『羊と鋼の森』 宮下奈都さん

 本屋大賞受賞の代表作。儚げな美しさと力強さとを共存させた、奇跡のような小説です。「自分には才能がない」そう自覚した主人公ですが、そのことに、かけがえのない尊さがあったのです。

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小説, 宮下奈都,



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