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芥川賞受賞作「九年前の祈り」を読む #1 -『九年前の祈り』 小野正嗣

 17, 2015 18:02

 最近話題になった作品のレビューをお届けしているこのスペシャル企画。第2弾となる今回紹介するのは、先日発表された第152回芥川賞を受賞した小野正嗣さん「九年前の祈り」です。

九年前の祈り
九年前の祈り
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小野 正嗣
講談社
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 単行本が発行されていますが、今回は文藝春秋の3月号で受賞作「九年前の祈り」を読みました。今日から3回シリーズでこの本のレビューを書いていこうと思います。文藝春秋に掲載されている小野さんの受賞インタビューや、芥川賞選考委員の選評もところどころに交えながら、じっくりと作品を読んでいきます。



第1回 引きちぎられたミミズ

 主人公はシングルマザーのさなえ。カナダ人の夫、フレデリックとの間に息子の希敏(けびん)を授かったさなえでしたが、夫のフレデリックは突然、妻と息子を捨て、姿を消します。さなえに残されたのは、フレデリックの面影を残す、美しい顔立ちをした幼い息子だけでした。失意のさなえは、息子を連れ、「リアス式海岸の複雑な地形をした土地」である地元に帰ってきます。

 -渡辺ミツさんのところの息子さんが病気らしい

 地元に帰ったさなえを待っていたのは、彼女の母の言葉。「病気」という深刻な事態にもかかわらず、彼女はこの母の言葉に「柔らかい雨のような懐かしさ」を覚えます。

 渡辺ミツ・・・それは彼女が9年前、地域の人たちとカナダ旅行に行ったとき、いっしょになったメンバーでした。

・・・その同行者のなかに、「みっちゃん」とか「みっちゃん姉」と呼ばれる女性がいた。控えめだが、いつも元気がよくて、何かといえば、みんなが自然に意見を求め、頼りにしていた初老の女性。その人が渡辺ミツだった。


 久しぶりに戻ってきた故郷の風景。そして、9年前、渡辺ミツらと行ったカナダ旅行の記憶。2つが交錯し、さなえの心を揺さぶります。さなえは渡辺ミツの何に思いを馳せたのか。そして、「九年前の祈り」とは?複雑に入り組んだ地形の町で織りなされる、深い悲しみの物語―。第1回の今日は、さなえと彼女の息子、希敏に注目してみたいと思います。




 物語の中で何度も登場するのが、「引きちぎられたミミズ」ということば。これは、息子の希敏が言うことを聞かず、のたうち回る様子を見てさなえが心に浮かべる比喩です。

 希敏は一種の発達障害なのでしょうか、状況の変化に対応することができず、変化があると体をのたうち回らせて暴れだしてしまいます。そんな様子をさして、「引きちぎられたミミズ」というわけです。

 自分の息子に「ミミズ」なんて・・・と思う人がいるかもしれません。ですが、これは息子に対する侮蔑を込めた表現ではありません。さなえは、息子を見ているというより、息子を通して自分を見つめ、葛藤していると言ったほうがよいかもしれません。

そうなれば、美しい天使のなかに埋もれた本物の息子が現れるだろう。でもこれまで天使から出てきたのは、引きちぎられたミミズだった。踏みにじられ激しく身をよじらせるミミズだった。体液を飛び散らせ苦痛に悶絶し踊り狂うミミズだった。



息子を青あざが残るくらいつかんでは、何度も激しく、揺さぶった。それは息子に取り憑いたあの引きちぎられたミミズを永久に追放するためだった。しかし息子を当のミミズに変える結果しか生まなかった。



しかしそのミミズは本物のミミズとちがって幼子のなかにあった感情や知性の土壌を豊かにしてはくれなかった。まったく逆だった。だからミミズが出てくるのを見ると恨みはつのった。我を忘れ、もっと引きちぎってやりたくなった。



 あらすじのところで述べたように、希敏はさなえが分かれた夫との間に授かった子であり、しかもその顔には夫の面影が残っています。しかも、その息子は発達障害をもっていて、変化に耐えられず、暴れまわってしまう。母がわが子を慈しみ、愛する。そんな通常の形を成すには、この母子の状況はあまりにも複雑で、歪んでいました。地元に帰ってきたことにより、その歪みが「解放」されてしまうのです。

心を閉ざす息子に「引きちぎられたミミズ」を幻視しながら、じつはそれが自分の身体から出ていることに彼女は勘づいている。息子に過度な聖性を見ない。 (選評 / 堀江敏幸さん)



 作品において描かれる子供といえば、純真無垢で希望の象徴というのが定番だと思います。彼女自身、「美しい天使」と形容しています。しかし、希敏は「美しい天使」にはなれない。作品を通して、希敏が言葉を発する場面はありません。言葉はおろか、自分を表現する手段すらないのです。ただ暴れまわるだけ・・・そして、そんな息子の姿に懊悩する母。「引きちぎられたミミズ」の存在が、歪な母子の姿を映します。この母子に、「愛」が通う瞬間は訪れるのでしょうか・・・。

 打ちひしがれたさなえが救いを求めた存在、それが渡辺ミツでした。渡辺ミツもまた、彼女の息子との間で葛藤し、懊悩していたのです。そんな彼女の息子が病気になった・・・。さなえは、9年前の旅行で参加者から聞いたミツの話を思い出します。

「みっちゃんの息子はな、表情に乏しくて、喜怒哀楽がよう分からん子でなあ・・・。学校に行けるようになるんじゃろうかって心配し、行けたら行けたで今度は人並みのことがでくるんじゃろうかって、また心配してのお・・・。心配は尽きん。(中略)そしたら、みっちゃんが泣いてなあ・・・。泣かんでもいいじゃねぇかって言うわたしも泣いておってな、一緒に泣いたんじゃ。そんとき、わたしはみっちゃんが泣くんを初めて見た。」



 元気がよく、頼れる存在だったミツ。そんなミツの本音がさらけ出されたこの場面の話を、主人公は思い返します。その悩みの種となっていたのは、自分と同じ「息子のこと」でした。さなえは自分と同じような境遇にいたミツに思いを馳せ、依拠していきます。

―みっちゃん姉であったら、希敏を安心して託すことができる

 ・・・彼女が思い出したのは、ミツが九年前の旅行の時に見せた「祈り」。そう、「九年前の祈り」です。そして、祈りは現在へ重なり、、彼女自身の祈りへ・・・。今日はここまでにします。



こちらもどうぞ

第1回 「引きちぎられたミミズ」(今回です)
第2回 「故郷という空間」
第3回 「重なり合う祈り」
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現代日本文学, 小野正嗣,



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