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芥川賞受賞作「九年前の祈り」を読む #2 -『九年前の祈り』 小野正嗣

 18, 2015 16:48

 前回からお届けしている芥川賞受賞作「九年前の祈り」のレビュー。今日は第2回をお届けします。

九年前の祈り
九年前の祈り
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小野 正嗣
講談社
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 前回のおさらい 第1回 引きちぎられたミミズ

 夫と離婚し、失意の中息子を連れて故郷に戻ってきた主人公、さなえ。彼女は息子の希敏(けびん)を見て「引きちぎられたミミズ」を浮かべてしまいます。息子を通して描かれる彼女の悲しみとは?そして、そんな彼女がたどり着いた「祈り」とは?・・・という感じでお送りしていました。

 今日は第2回。ストーリー本編からは少し離れて、作品を語る上では欠かせない作品の「舞台」、作者の小野正嗣さんが一貫して書き続けておられるという「浦」について見ていこうと思います。



第2回 故郷という空間

 芥川賞受賞のニュースで、作者の小野さんが自分の故郷である大分県の集落を舞台にした作品を一貫して書き続けておられる、ということを知りました。それを聞いた私は、小野さんが「故郷愛」をもって作品を書き、その作品はいわゆる「地方礼讃」ものになっているのだろうな、と想像したわけです。

 地方礼讃というのは私が勝手に付けたネーミングですが、例えば「田舎の空気はおいしい!」とか、「田舎の人々はあったかい!」とか、そういったテイストで書かれた作品です。都会にはない地方の良さ、みずみずしさにあふれている感じ・・・有川浩さんの「県庁おもてなし課」などがその典型になるでしょうか。

 この作品もそんな系統か、と思っていたら全然違いました。この作品で描かれる地方は、閉鎖的で排他的、そして複雑で歪。地方礼讃!的な要素はどこにもありません。語弊があるかもしれませんが、「地方の腐臭」を感じさせる、そんな作品でした。そして、結論から言えば、単なる地方礼讃ものよりも、妙にリアリティーを感じ、自分の地元を重ねてしまうような、そんな臭さがあったのです。


 

リアス式海岸の複雑な地形をした土地だった。(中略)二つの島は、陸地を振り切って大海原に飛び出そうとしているように見えた。逃がしてたまるものかといくつもの岬が、たがいの邪魔をしながら、島々に執拗に追いすがり伸びていく―入り組んだ海岸線はそうやって生まれたのではないかとさなえは夢想した。



 作品の舞台となっているさなえの故郷です。これは、小野さんの出身地である大分県旧蒲江町(現在の佐伯市)、竹野浦河内(たけのうらごうち)地区をモデルとしています。この海辺の小さな入り組んだ土地は小野さんの作品で一貫して描かれているそうです。(今作が初めて読んだ作品なので、他の作品のことは分からないのですが)

 どこか殺伐として、腐臭を感じさせるような描写がされています。外国人のことを「ガイコツ人」と呼んだり、よそ者であるさなえの父に冷たい視線が集まったり、強い排他性を感じます。さなえの母親もそんな地方でずっと暮らし、根拠もない古いことにとらわれている人物、という描かれ方をしており、好印象を持てる人物ではありません。さなえもそんな地元に嫌気がさいているようで、ふと、本音がのぞきます。

いや、さなえだって知っている。昔の面影がなくなって陰気くさくなっただの、東京の言葉しか喋らなくて気取っているのだのと町の人たちから言われているのは承知している。


 この小説を読んで、蒲江に行きたくなった!・・・とはお世辞にも言えないでしょう。時代から取り残され、未来のない町、そんな印象を受けると思います。作中でも、「過疎の町」と何度か出てきますし、そういった現実があるのだと思います。

 では、小野さんはどうしてそんな自分の故郷にこだわるのか、そう疑問が浮かびます。その疑問に答えてくれたのは、文藝春秋3月号に掲載されていた小野さんの受賞者インタビューでした。

小野さん 蒲江は大分県の最南端に位置し、リアス式海岸なので小さい入江がたくさんあって、湾の窪みの浦々人が密集するように住んでいる。(中略)血縁と地縁が非常に濃いので、ひょっとすると、そこに住み続けている人やよそから来る人にとっては息苦しいこともあるかもしれない。だけど、僕にとってはある種独特の、大切な場所です。



 私が読んでいて感じたことは、小野さんがインタビューで指摘しておられました。「息苦しさ」「腐臭」はこの地域のありのままの姿であり、そこで暮らした者だからこそ表現できる雰囲気なのです。

 この作品を読んでいて、自分の地元を重ねてしまう瞬間が何度もありました。生まれてから一度も自分の地区から出たことがなく、それゆえに閉鎖的で凝り固まった価値観に支配されてしまったおじいちゃん、おばあちゃん。地区の皆に顔が知れっていて、噂はあっという間に知れ渡ってしまうこと。・・・そういった地方の「腐臭」は、地方の実情をよく表わした真実なのです。

 地域活性化、町おこしなどということばが盛んに取り上げられるようになった昨今です。ゆるキャラ、B級グルメ、ふるさと納税・・・いろいろなことが行われていますね。私自身、自分の地域を元気にしたいという思いはあります。ですが、そういった地域活性化の施策に「腐臭」はあるでしょうか?

 ないと思います。そういった施策は、外から人を呼び寄せるために行われているものであり、常に地方の「外」を向いています。生臭いものは取り除いて、きれいな状態で「お客様」に見せなければいけません。それ自体を批判するつもりはありません。だけど一つだけ言わせてください。

 地方は、そんなにキラキラしていない

 人っ子ひとりいない寂れ果てた商店街を前にして、「地域活性化」の声をあげられる人はいるのでしょうか。私は、あげられません。情けないことですが、言葉をなくして立ち尽くすだけだと思います。この作品で描かれる「地方」は、全く飾ったところがないありのままの真実だと思いました。決して読んでいていい気分になるものではないですが、その「腐臭」が何だか懐かしくなってきたりする・・・地方とはそんな歪な形をしたものではないでしょうか。

 そんな歪んだ地方ですが、都会にはない力もあります。小川洋子さんの芥川賞選評です。

何ものかの計らいにより、九年前の祈りがさなえの背後に立つ地面の温もりが伝わってくるようだった。小野さんが繰り返し書いてこられた、世界の片隅に潜む土地の力が、『九年前の祈り』に最上の形で結実したことを祝福したい。(選評 / 小川洋子さん)



 ものすごく歪で、効率が悪く、腐臭が立ち込める地方。でも、そこに暮らすものにとっては切り捨てることのできない大切な場所です。地元から離れて暮らす方、ふとした時に帰りたくなったり、思い出したり、そんな経験はありませんか?小川さんが指摘される「世界の片隅に潜む土地の力」がそうさせるのではないでしょうか。とても壮大で、包み込まれるような力を感じることができます。

 第2回はこんなところです。かなり主観の入った読みになってしまいました。感じるものは人それぞれだと思います。あくまで一個人の感想としてお受け止め下さい。

 次回は最終回となる第3回です。作品のタイトルになっている「九年前の祈り」を見ていこうと思います。こちらもどうぞ、お楽しみに。




こちらもどうぞ
第1回 「引きちぎられたミミズ」
第2回 「故郷という空間」(今回です)
第3回 「重なり合う祈り」
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現代日本文学, 小野正嗣,



  •   18, 2015 16:48