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  • その時がやってくる -『ギフテッド』 山田宗樹

     24, 2015 20:25

     小説に「超能力」や「テレポート」が出てきたら、みなさんはどう思われるでしょうか?私は、正直言って白けるかもしれません。私は現実感のある小説、特に社会派小説が好きです。その反面SF作品は設定が現実離れしているところに白けてしまい、なかなか入り込めないことが多いように思います。

     しかし、今日ご紹介する作家、山田宗樹さんの作品は別格です。今日は「ギフテッド」という作品を取り上げます。山田宗樹さんの作品の紹介は、「百年法」以来2冊目。それでは、以下「ギフテッド」のレビューです。

    ギフテッド
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    山田 宗樹
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    超能力とテレポート



     冒頭で超能力とテレポート、と書きましたが、この話に出てくるのはそんな超能力とテレポートを使いこなす特殊な能力を持った人間、「ギフテッド」です。

     ギフテッドとは、普通の人間にはない未知の臓器を持った人間のことです。未知の臓器により、ギフテッドは二つの特殊能力を手に入れました。「思念によってものを変化させる力」(=超能力)と、「瞬間的に空間を移動する力」(=テレポート)です。特殊能力を持っていることは政府の人間のみが知る事実であり、政府は誰がギフテッドが把握するために、国民に検査を義務付けています。ただ、ギフテッドがすぐさまこの力を使えるというわけではありません。力の覚醒には、死に追いつめられるという極限の状況が必要でした。

     ギフテッドに特別な配偶をしていた制度が廃止されたことがきっかけに、国民のギフテッドに対する反感が芽生えます。高まる反感がある事件を呼び、ついに・・・。世界の秩序が根底から覆されるような恐ろしい出来事が始まったのです。

    渾身



     超能力にテレポート、という荒唐無稽な設定です。でも、私は全く白けませんでした。どうして白けなかったのか、その理由は作者の力量にあると思います。

     まずはフィクションであることを感じさせない迫力のある描写です。例えばこれは、ギフテッドの超能力により人間が殺害される場面です。

    はっきりと歪んだ。表情が、ではない。文字通り顔そのものが大きく歪んだ。蝋人形が高熱を浴びたように。眼球がねじれて白目と黒目が入り混じる。(中略)男だった物体は、無数の破片となって静かに舞い上がり、美しく幾何学的な模様を宙いっぱいに描いたあと、引力に捉えられ、ゆっくりと降り注ぐ


     
     ・・・渾身の描写です。超能力によって人がばらばらにされるという現実にはありえない場面を描いているのに、この迫力。否が応でも想像力がたきつけられます。太字にした部分は、まるで時間が止まって宇宙が見えるような、そんな壮大さがあります。人が殺害される場面でこういっては何なのですが、美しささえ感じてしまいます。

     そして、構想力と抜群に練られたプロット。予想の斜め上を行くような容赦ない展開が続きます。「百年法」でもそうでしたが、ラスト100ページあたりから怒涛の展開が始まります。今回の結末は「百年法」に比べれば割とおとなしいものでしたが、結末に至るまでは一切気が抜けない緊張した展開が続きます。

     百年法は10年の構想を経て書かれた作品ということです。そこには途轍もないエネルギーが費やされたことと思います。実際、山田さんはインタビューでこんな風に語っています。
     

    山田:次もSFっぽい設定になりそうです。ただ、『百年法』のオビに「これ以上のものは書けません」とコメントしたように、50年に渡る話を10年かけて書いて、上下巻で出してもらったので、それを全部超えるのは今の段階ではまだ想像できませんが。



     そんなことを言いつつ、百年法の発売から2年でこの作品です。確かに百年法を全部超える、とはいかないと思いますが、このクオリティーの高さには舌を巻きます。作家としてのエネルギーに満ち溢れておられるのだと思います。そんなエネルギーを惜しげもなく使った、渾身の作品です。

    現実のちゃぶ台返し



     SF作品の力量は2つで測れると個人的には思っています。

     まずは、「現実にも起こるのではないか、ありえるのではないか」と思わせてしまう迫力のある描写。私は「現実のちゃぶ台返し」と勝手に名付けています。そして、現代社会への教訓です。現実にありえない話を書きながら、最後は現代社会に警鐘を鳴らす。この展開は絶対に必要だと思っています。

     素晴らしい作品はやっぱりどちらも満たしてくれます。

    「人間はどれほど残虐な行為にも、正義という仮面を被せて平気でいられるということだ」


    人は、だれかの血が流れて、自分たちの過ちに気づく。でもまた血は流れる。そしてやっぱり間違っているのだと知る。それでも血は流れつづける。今度流れる血は自分のものかもしれない。本気でそう感じなければ、人は動こうとしない。



     現実を思い起こさせるような描写でゾクリとさせたあと、グサリとくる一言がきます。

    「これが現実です。否定できない現実なのです。目を背けるのはもう止しましょう。(中略)必ずその時は来る。なぜ直視しないのですか



     現代社会がこれからどうなっていくか、誰にも分かりません。私たちが信じられないような「その時」が来るかもしれない。そんな風に思ったとしたら、すっかりSFの虜になっています。現実というちゃぶ台が、ひっくり返されるような錯覚・・・それがSFの醍醐味ですね。





    こちらもどうぞ
    インタビューはこちらから引用しました。
    作家の読書道 山田宗樹さん

    「百年法」のインタビューですが、この作品にも通じる部分が多いです。
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    小説, 山田宗樹,



    •   24, 2015 20:25
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