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  • 父よ子よ 〔後編〕 ( 流星ワゴン / 重松清さん )

     10, 2015 18:22
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     重松清さんの「流星ワゴン」を紹介しています。今日は後編です。

    流星ワゴン (講談社文庫)流星ワゴン (講談社文庫)
    (2005/02/15)
    重松 清

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    前回のおさらい 前編
     
     流星ワゴンに出てくる3組の親子の姿を見ていました。血のつながりがあってもなくても、親子の関係というのは歪で複雑なものでした。「親子が同い歳になる」、そんな設定が新鮮ですね。時にぶつかり、反発しあう親子も同い歳になれば気心の知れた「朋輩」になれます。





     タイムマシンに乗って過去に戻る、という設定は現実離れしていますが、この話には妙にリアリティーを感じさせるある「仕掛け」がしてありました。それは、過去に戻っても過去を変えることはできない、ということです。

     過去に戻って、家族が歩んだ最悪の道を何とか修正しようとする一雄。しかし、過去の事実を変えようとしても、「見えざる力」が働いてそれをさせてもらえません。

     息子の受験の結果を知っている一雄。妻から離婚届を突き付けられることを知っている一雄。何とか運命を変えようとしますが、一度定まった運命はそう簡単に覆せるものではありませんでした。結局、一雄は、「行く先を知っているのに何もできない」という地獄のような状態に突き落とされます。

    「知る」と「信じる」は両立しないんだと気づいた。知ってしまうと、信じることはできない。子どもが「信じてよ」という未来を信じてやれないのは、子どもについて何も知らないことよりも、ずっと悲しくて、悔しい。


    「なにも知らない」のと「すべてを知っていて、なにもできない」のは、どちらが不幸せなのだろう



     この作品のメインテーマは「父と子」ですが、もう一つのテーマに「信じる」ということがあるように思います。息子の広樹は合格を信じて懸命に勉強に励みます。ですが、一雄はすでに広樹が受験に失敗することを知っているのです。がんばれ、きっと受かる、もう少しの辛抱だ・・・そんな言葉の全てが意味を持たなくなります。

     そんな状況でも、「信じて」やることができるか。ここにこの作品の真髄がありました。

    「子どもの先のことを、親が言うてしもたらいけん。子どもが先のことを信じとるときは、親は黙って見といてやるしかなかろ?


    「知っとるほうはつらいけどのう、辛抱せんといけん、親なんじゃけえ」



     一雄ひとりの力では、未来を変えることはできませんでした。落ちると分かっている受験に挑んでいく息子。残酷な事実を突き付けられたとき、親として子供にどう向き合うべきか、ということが一雄に問われました。上の言葉は、一雄の父、忠雄の言葉です。結果を知っているだけに、信じてやることは限りなく難しい。それでも親なら信じてやらなければいけない。強い言葉は、今まで嫌っていた自分の父からのものでした。一雄は、結果が変わらなくても、そこにいたるまでの過程を変えよう、と決意します。

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     過去に戻って過去を変えていく―そんな設定だったら、あまりのファンタジーぶりに辟易したかもしれません。現実にはありえない設定ということで、評価が分かれる作品でもあると思います。ですが、私はこの作品の「現実を動かすことはできない」という設定に感心しました。ファンタジーの中にも、現実を射抜く描写があります。

    信じることや夢見ることは、未来を持っている人だけの特権だった。信じていたものに裏切られたり、夢が破れたりすることすら、未来を断ち切られたひとから見れば、それは間違いなく幸福なのだった。


    「分かれ道は、たくさんあるんです。でも、そのときにはなにも気づかない。みんな、そうですよね。気づかないまま、結果だけが、不意に目の前に突き付けられるんです」



     明日、何が起こるか分からない。当たり前のことですが、人間はこのことによって生かされているのだ、と感じます。信じることも夢見ることも、喜ぶことも悲しむことも、すべて「先が分からない」からこそできることです。それが「特権」だということばがとても力強いですね。明日が良い方向に転ぶかどうかは分からないけれど、「明日を思って生きる」ことそのものが人間の特権なのだと思います。

     もちろん、「未来が見通せる方がいいのに」と思うこともあります。この記事を書いているのは3月10日。あの大震災の前日です。もし、未来が見通せたら・・・。東北に行って、「逃げて」と叫ぶと思います。もし見通せるなら、一人でも犠牲者を少なくしたいし、被害を小さくしたい。

     でも、そんなことはできません。出来事が起こってからでないと、人間は何もできません。空しくなる気もしますが、やはり「明日何が起こるか分からない」からこその人生なのだと思います。

     明日はいい日になりますように。そんなことを思って「運命」という名のサイコロを回します。ものすごくいい目がでるかもしれないし、震災のように最悪の目がでるかもしれない・・・。でも、サイコロを振って、「いい目が出ますように」と祈っている時間こそが、人間として生きている時間そのものなのかもしれません。



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    小説, 重松清,



    •   10, 2015 18:22
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