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忘却の彼方に -『明日の記憶』 荻原浩

 13, 2015 19:11

 若年性アルツハイマー。
 65歳を超えてから発症することの多いアルツハイマーが、40~50代の中年時に発症するもの。記憶障害に感情障害・・・当たり前にできたことが徐々にできなくなる、「年齢の逆行」ともいえる病気です。アルツハイマー患者の平均余命は約8年。40、50代でこの病名を言い渡されることは「ゆるやかな死刑宣告」に等しいものです。

明日の記憶 (光文社文庫)
荻原 浩
光文社
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 今日ご紹介するのは荻原浩さんの「明日の記憶」という本です。若年性アルツハイマーと診断された主人公。その絶望と葛藤の日々を、悲哀たっぷりの文章でつづります―。



ゆるやかな死刑宣告



 「誰だっけ。ほら、あの人」

 最初は、ふとした物忘れからでした。物忘れの「つもり」でした。徐々に悪化していく物忘れ。仕事で続くミス。・・・主人公に突き付けられたのは、「若年性アルツハイマー」という残酷な診断でした。

 主人公は広告代理店で働く営業部長、佐伯雅行。49歳の彼は、仕事では重要な契約が決まり、プライベートでは娘の結婚が決まるなど、公私ともに充実した人生を送っていました。

 そんな彼に突き付けられた病名。受け入れろという方が無理な話です。この病気は「うつ病」と間違われることも多いそうです。高ぶり、荒ぶる感情。理由もなく誰かを怒鳴りつけたくなるなどの症状が現れます。彼の父もまた、アルツハイマーにかかり、壮絶な晩年を送ったのでした。父の死に顔もちらつき、彼は追い詰められていきます。

「なぜだ―」 なぜだ。なにが悪かったんだ。どこで間違えたんだ。教えてくれれば、そこからやり直す。

「俺は正常だ。俺は正常だ。俺は正常だ。まだ確定じゃない。まだ確定じゃない。まだ確定じゃない。まだ確定じゃない。まだ確定じゃない。」



 自分が自分でなくなるような恐怖。ことばで語りつくせるようなものではありません。彼の地獄の日々が始まります。

3つの恐怖



 読んでいくと、彼を苦しめた恐怖には3つの種類があるのではないか、と思います。「記憶がなくなっていく恐怖」「死が迫る恐怖」、そして「社会から疎外される恐怖」です。

記憶がいかに大切なものか、それを失いつつある私には痛切にわかる。記憶は自分だけのものじゃない。人と分かち合ったり、確かめ合ったりするものであり、生きていく上での大切な約束ごとでもある。(中略)たった一つの記憶の欠落が、社会生活や人間関係をそこなわせてしまうことがあるのだ。

記憶がなくなっていくことの恐怖が書かれています。私のような健康な人間は想像するしかありませんが、その恐怖はとても想像できるものではありません。記憶を失うことは、他者とのつながりを断ち切られることです。死ぬことと同然、いや、それよりも辛いかもしれません。

 2つ目は、死が迫る恐怖です。49歳の時に突き付けられる「平均余命7年」がいかほどの意味をもつか、これもまた想像のつかないほど残酷なものです。人間が普通に暮らしていられるのは、そこに「死」の影がないからです。死の影が見えた時、穏やかな暮らしは一変します。

 主人公がふとロープを探す場面が出てきます。入ってくる電車に心が揺れる場面があります。本当にリアルです。自殺なんてしてはいけない、そんな正論は吹き飛びます。生きていても、生きている実感がない。死んだ方がまし、という感情はこういうものなのだろうか、と思います。

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 この2つの恐怖だけでも胸がはち切れそうなくらい辛いのですが、私が最後に持ってきたのは「社会から疎外される恐怖」です。

―少し、休めよ。

 会社から突き付けられた言葉。もちろん、言葉通りの意味ではありません。「お前は用済みだ」、真意はこんなところでしょうか。

 主人公は会社の資料整理課に異動となります。説明するまでもないですが、「用済み社員のお払い箱」です。これまで一線で活躍していたのに、突然そこから蹴落とされる恐怖。先程「生きている実感がない」と書きましたが、人間の生きている実感というのは「誰かとつながっている」「社会に必要とされている」というところからくるものです。それが突然ぶつ切りにされるのですから、まともでいられるはずがありません。

いままでどおりの、ほんの数か月前までの自分のままでいるために、決壊しようとしている脳みその淵に必死で積み上げてきた土嚢が、一瞬のうちに崩れ、流れ去った。自分はまともだ。普通に仕事をしている。少なくとも普通に仕事をしているように他人には見せている。そう信じていたのは、私だけだったのだ。



 ここは辛かったですね。自分はまだやれる、役に立てる、そう信じたいはずです。ですが、病気は残酷にも彼の身体を蝕んでいきました。

 最後まで読んだのですが、救いの要素はほとんどありません。彼に待望の孫ができるのですが、彼はその孫の名前も思い出すことができません・・・。人に勧めるには、ちょっと辛すぎます。

下り坂



 すごく残酷なことを書きます。

 人間のピークは、おそらく20歳あたりです。そこから先は、下り坂。20歳までに駆け上がった坂を、残りの人生で、ゆっくり、ゆっくりと下ります。

 平均寿命が延びたというのはすごく良いニュースに聞こえますが、実はこの「下り坂」の距離が長くなったということに他なりません。

 輝いていた若さから、少しづつ下っていく自分の人生。
 
 私はまだ若いので、偉そうなことは言えません。今頂上にいるか、そろそろ下り始めているか、そんなところだと思います。

 それでも、怖いです。この先は、下り坂しかないと思うと、先が真っ暗になるような気分。アルツハイマーにかかって、下り坂どころか一気に崖の下に突き落とされた佐伯さんの人生を見て、自分の「下り坂」もちらついてしまいました。

 誰かとつながっていること。誰かに必要とされていること。人間として生きていくためにはこれが大切ですね。背中をさすりながら、手を取りながら。一緒に坂を下ってくれるパートナーを、早く見つけたいなと思いました。

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小説, 荻原浩,



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