HOME > スポンサー広告 > title - 教科書への旅 #1 「カレーライス」 重松清さんHOME > 教科書への旅 > title - 教科書への旅 #1 「カレーライス」 重松清さん

スポンサーサイト

 --, -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





  •   --, -- --:--
  • 教科書への旅 #1 「カレーライス」 重松清さん

     14, 2015 17:59
    1426316397342_convert_20150314160230.jpg

    ょっと辛くて、でも甘い。そんな「反抗期」の味―。
     
     新コーナー「教科書への旅」です。このコーナーでは、小学・中学・高校の国語の教科書に掲載された作品を紹介していきます。教科書の違い・世代の違いはあると思いますが、いずれも名作揃いの「教科書作品」。じっくり味わっていきたいと思います。

     第1回に紹介するのは、重松清さんの「カレーライス」(小学6年生)です。重松さんの「流星ワゴン」を読んでこの作品が懐かしくなりました。ちょっと背伸びをしたくなる小学6年生。揺れ動く心の機敏を、「カレーライス」を通して描きます―。



    あらすじ



     ぼくは悪くない。

     小学生のひろしにはどうしても譲れないことがありました。「1日30分」という約束を破ってゲームをしていたら、突然お父さんにゲームのコードを抜かれたのです。セーブデータは吹き飛んでしまいました。約束を破った自分も悪いけど、いきなりコードを抜くお父さんはひどすぎる・・・。ごめんなさいは言うもんか、ひろしは心に決めます。

     そんな中、お父さんが1週間仕事から早く帰ってくる「おとうさんウィーク」が始まります。冷戦状態のひろしと父。お父さんの作った特製カレーを食べながら、ひろしの戦いは続いていきます・・・。

    a0002_004915.jpg

    この作品の思い出



     6年生になって最初に登場したのがこの作品。6年生の自分はあまりに共感できて胸が痛かった思い出があります。6年生といえば学校の最上級生になり、下級生を前にちょっとしたプライドが生まれてくる時期。自分も例にもれずその一人でした。もう子供じゃないと背伸びして、大人に反抗し始めたこのころ、目の前に立ちはだかるのは「お父さん」です―。

    この作品のポイント



     教科書に取り上げられる作品には「ねらい」があります。どうしてこの作品が採用されたのでしょうか。教科書に書いてあった、この作品の読解ポイントです。

    ・自分の心なのに、うまく言い表せなかったり、どうにもできなかったり。そんな人物の心情と行動を読んでみよう

    ・この作品には、カレーの「甘口」と「中辛」が出てくる。この2つの言葉には、どんな意味がこめられているのだろうか。「ぼく」と「お父さん」の立場で考えてみよう

    再読!カレーライス



     では、教科書に書いてあるポイントを参考にしながら、「カレーライス」を再読してみます。

     自分の心なのにどうにもできない、というもどかしさは、作品の前半にたっぷりと描かれています。

    ほら、そういうところがいやなんだ。ぼくはすねてるんじゃない。お父さんと口をききたくないのは、そんな子どもっぽいことじゃなくて、もっと、こう、なんていうか、もっと―。



    でも、お父さんが眠い目をこすりながら、ぼくのために目玉焼きを作ってくれたんだと思うとうれしくて、でもやっぱりくやしくて、そうはいってもうれしくて―。



     今から読んでみると、ひろしの「子供っぽさ」が際立ちますね。すねてるんじゃない、とは言っていますが、すねている以外の何物でもありませんね 笑。子どもっぽいことじゃない、と言いつつこれ以上ないくらい子供っぽい感情です。6年生で読んだ時にはこの主人公に「共感」したものですが、今の自分はちょっと上の目線からあきれたように見つめています。年齢の変化と心の変化を感じますね。

     「上手くことばにできない」というのも注目ポイントです。小学6年生と言ったら、まだまだボキャブラリーが少なく、精神も不安定な時期です。この時期にとにかく何にでも反抗してみたくなるのには、そういった心とことばのアンバランスが絡んでくるのだと思います。何だかイライラする、でもなんでイライラしているのか分からない、そのループでさらにイライラが増幅していくのでしょう。

    a0002_004914.jpg


     次は、この作品で取り上げられている「カレーライス」について見ていきましょう。物語の最後、ひろしとお父さんはいっしょにカレーライスを作ります。ひろしはまだ「甘口」だと思っていたお父さんに対して、ひろしは自分はもう「中辛」だ、と主張します。カレーライスの辛さを通して、大人と子供、その心の機敏を描く名場面です。

     教科書に、「ぼく」と「お父さん」の両方の立場で考えてみよう、と書いてあるのに目が留まりました。小学生の時の私は、自分と同じ年齢のひろしの立場でしか考えていなかったからです。お父さんの立場も加えて考えると、作品の意味が変わってきます。

     まずはひろしの立場で考えてみます。「甘口」は子ども扱いされること、そして「中辛」はひろしなりに演じている大人というところでしょうか。ここが「辛口」ではなく「中辛」になっているのがポイントですね。カレーには中辛よりもさらに辛い辛口があるのですが、ここでひろしが主張しているのは「中辛」です。中辛というのは、大人になりきれない微妙な年齢の子供を象徴しているのでしょうか。精一杯大人を演じているひろしの心情がこの「中辛」に凝縮されていて微笑ましいです。

     次はお父さん。「甘口」はいつまでもかわいい子供でいてほしいという願望、そして「中辛」は精一杯背伸びをしようとしている子供の象徴なのだと思います。読んでいて気付くのですが、お父さんはひろしが「中辛」と言ったことにかなり驚いています。まだまだ「甘口」だと思っていたようです。

     お父さんの立場からしても、子どもがすごいスピードで成長していくのはかなり驚きなのだと思います。「ちょっと前まで保育園にいたのに」そんな感じでしょうか。まだまだ「甘口」だと思っていた子供が「中辛」と主張したことに驚くとともに、かなり嬉しそうです。ひろしが大人になるための「背伸び」をはじめたことに気付いたお父さん。背伸びは「反抗期」の始まりでもあります。きっとひろしはこの後いろいろと面倒くさい存在になるでしょう。それでも、ひろしが大人の階段を上り始めたことが嬉しかったに違いありません。

    ぼくたちの特製カレーは、ぴりっとからくて、でも、ほんのりあまかった。


     最後の一文の余韻がいいですね。辛さはひろしが見せた小さな決意。甘さはお父さんが息子を思う優しい心。親子の特製カレーは、2つが絶妙にブレンドした一品だったようです。



    オワリ

    重松清さん、「カレーライス」を紹介しました。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



    「流星ワゴン」 重松清さん
    こちらも父と子のお話。3組の親子が登場します。「カレーライス」の深化版、といえそうですね。

    教科書への旅 一覧ページ
     国語の教科書に掲載された作品を紹介していきます。今現在教科書で学んでいる学生の方も、懐かしい思いに浸りたいという大人の方にもおすすめです。

    スポンサーサイト

    重松清, 教科書,



    •   14, 2015 17:59
  • 上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。