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  • 時の洗礼

     16, 2015 19:26
    コラム

     前にコラムを書いた時、私は「小説を馬鹿にしてくる人がいる」ということをさりげなく書いていました。ここに触れておかないとかなり不自然なので、今日はこのことについて書いてみようと思います。

     今まで出会った人の中に、小説を馬鹿にしてくる人、「小説は読まない」と宣言している人がいました。小説好きの人はむっとするかもしれません。でも、そういう人たちにもそれなりの理由があるようなのです―。




     小説を読まない人には2種類あると思います。現代の娯楽小説を読まない、という人と、(本は読むが)小説は読まない、という人です。(本を読まない、という人はとりあえず省きます)私が出会った人は前者だったので、ここでは前者を想定して書きたいと思います。

     現代の娯楽小説は読まないという人には、どうやら「時間の審判を受けていない作品は読まない」、というスタンスの人が多いようです。要するに、時代を経ても多くの人に読まれ、生き残る作品にこそ価値がある、という考え方です。この考えには、私はいろいろ思うところがあります。

     また村上春樹さんの「ノルウェイの森」から引用したいと思います。この本には永沢先輩という人が登場します。この永沢さんは、まさに上に挙げたような考えを持った人です。自分は作者の死後30年たった作品しか読まないと宣言したうえで、こんな風に言っています。

    「現代文学を信用しないというわけじゃない。ただ俺は時の洗礼を受けていないものを読んで貴重な時間を無駄にしたくないんだ。人生は短い」


     
     なるほど・・・。ちょっと鼻につく言い方ではありますが、言っていることには説得力があります。今ある本のうち、何十年たったあとも読まれているのはほんの一握りでしょう。そして、その一握りとは、「時の洗礼」を受け、生き残ったものということになります。そうやって生き残ったものこそ「名作」であり、読む価値がある、という考えですね。

     時の洗礼を受けて生き残る作品と生き残らない作品の違いは何でしょうか。私は2つのパターンがあると思っています。

    ①「ノルウェイの森」パターン
     
    ノルウェイの森 上 (講談社文庫)ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
    (2004/09/15)
    村上 春樹

    商品詳細を見る

     
     「ノルウェイの森」は知らない人はいないというくらい有名な作品です。1987年に発売され、今年で発売から28年目を迎えますが、今でも多くの人に読み継がれています。今後も「生き残る」作品でしょう。

     この作品が生き残る理由は、「どのページを開いても名言が詰まっている」ことだと思います。私も何回か引用しました。本当に、適当にどのページを開いてもそこには印象的なことばがあるのです。

     こんな本はあちこち探してもあまり見当たりません。不思議な普遍性を持った作品と言えると思います(偉そうに語るほど、読み込んではいないのですが)。

    ②「罪と罰」パターン

    罪と罰〈上〉 (岩波文庫)罪と罰〈上〉 (岩波文庫)
    (1999/11/16)
    ドストエフスキー

    商品詳細を見る


     これも前に紹介した本です。ドストエフスキーの「罪と罰」、1866年の発表からもうすぐ150年を迎えるのですが、やはり未だに読み継がれています。

     この作品が生き残る理由は、岩波文庫版の最後でも言われているのですが、「多様な読み方ができること」にあると思います。社会小説として読むこともできるし、恋愛小説にもなる。哲学的な面が強い一方で、倒叙もののミステリーとしても優れている・・・これが1冊の本というのだから、すごい話です。

     2つのパターンがあると思うのですが、どちらにも共通しているのが「再読の必要性」ですね。どこを開いても名言が詰まっているのなら、何度も本を開くことになりますし、多様な読み方があるのなら2回目、3回目と読むことになります。
     
     何度も再読されるから、時代を経ても生き残る。「時の洗礼」を受けても生き残る作品の力の秘密はこういったところにあることが分かります。

     というわけで、永沢さんの言うことも分かります。ただそうすると、「現代の小説の中にこれからも読み継がれていく作品はないの?」という疑問が生まれます。ページのどこを開いても名言があったり、何通りも読み方ができたりして、何度も再読をする必要がある小説です。何度も再読する必要がある小説なら割とありますが、何十年も生き残るような深いテーマが必要ですね。ハードルはかなり高いです。

     ・・・たしかに、「ノルウェイの森」や「罪と罰」と並べても遜色のない作品というと、なかなか浮かびません。ですが、永沢さんの言うような、現代の小説を読むことが時間の無駄だということは決してないと思います。生き残ってくれるに違いない作品はたくさんあるし、何より私がまだ出会っていない作品の中にまだまだ「掘り出し物」があると思うからです。

     正直現代の小説にはかなり当たり外れがあります。ですが、結構な確率で素晴らしい作品には出会えます。無名の作家さんの無名の作品が想像以上に素晴らしくて、「掘り出し物」を引き出したこともあります。そういった楽しみがある限り、私はこれからも現代の小説を読んでいくのだと思います。

     また、生き残る作品を作るのは今の私たちだ、という見方もできますね。自分が読んで、心打たれた本をブログのような形で誰かに紹介して、それをきっかけに他の誰かが読んで、また紹介して・・・の繰り返しで、作品が生き残っていくということです。

     決して「時間の無駄」ではないことが分かります。現代の娯楽小説をよく読む人には分かってもらえる・・・はずだと思っています。何より「読んでいて楽しい、刺激される」というのがありますからね。読書を続けるうちにまた素晴らしい作品に出会えるのが楽しみです。そして、他のみなさんのブログで素晴らしい本を紹介してもらうことも楽しみにしています。



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    •   16, 2015 19:26
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