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  • 充実とは何か -『学生時代にやらなくてもいい20のこと』 朝井リョウ

     23, 2015 19:56

     「リア充」という言葉が私はあまり好きではありません。ですが、「リア充」の王道を行くようなこの方の作品はけっこう楽しく読めるのです。

    学生時代にやらなくてもいい20のこと
    朝井 リョウ
    文藝春秋
    売り上げランキング: 166,173



     朝井リョウさんの「学生時代にやらなくてもいい20のこと」です。自己啓発本のようなタイトルですが、中身は朝井さんの大学生活を赤裸々につづったエッセイになっています。共感出来る箇所もあれば、そうではない箇所もあり・・・という感じの1冊でした。今日は、あまりまとまりのない感想になるかもしれません。



    リア充と腐臭



     リア充と当たり前のように書いていましたが、この言葉は約10年前に生まれた新しい言葉だそうなので、定義を整理しておく必要があるかと思います。一言で言えば「現実(リアル)が充実している」人のことを指します。

     簡単に定義をしたのですが、この定義には問題があります。「充実している」、この部分です。何をもって充実とするかはそれぞれ人により異なるものであり、この世で自分と同じ「充実」の定義を持った人はいないと思っています。

     私がこの言葉があまり好きではないといったのは、そういった「充実」の多様性をこの言葉が捉えきれていないと思うからです。「みんながそれぞれの人生を楽しんでいる、みんなリア充だね」・・・こんな使い方はされません。この言葉をよく使う若い世代の方はよく分かると思うのですが、「リア充」にはある程度のイメージと定義があります。充実している人を定義していながら、実は充実していない人の影を色濃くするような、そんな「腐臭」のある言葉です。

     都会の大学
     学園祭
     仲間と旅
     やりがいのあるバイト

     この本に書いてあることです。「リア充」という言葉を知っている人がこの本を読めば、おそらくこう思うはずです。「リア充の定義みたいな1冊だな」・・・。私もそうでした。それで終わらせればそれまでなのですが、今日はもう少し突っ込んでみたいと思います。

    他人の目



     充実、ということを考えるにあたって、印象的な部分がありました。

    たとえそれがかっこよくなくても、これマジかっこいい!と百パーセント信じられるような、そんな世界の中で生きているのだ。それがいとしい。それがうらやましい。(中略)相手が何なのか、勝ち負けとは何なのか、そんなもの何もわかってはいなかったが、とにかく、高校生であったあのころは誰でも、何にも負ける気がしなかったはずだ。



     充実を定義するのは容易ではありませんが、私はこの部分が定義のヒントになるのではないか、と思います。百パーセント信じる、と書いてありますが、では自分が百パーセント信じていることはあるか、と考えます。わき目もふらず百パーセント没頭していることがあるかと考えます。 ・・・なかなか思いつきません。

     なかなか百パーセントと言い切れない原因は、他人にどう思われるか、他人と比べて自分はどうか、そういった思いだと思います。世の中にはいろいろな趣味や生き方がありますが、残念なことにそれらの趣味や生き方には確実に「ランク」が存在しています。そういった「ランク」が頭をかすめてしまうようなら、本当の「充実」とはいえないのではないでしょうか。

     この本の素晴らしいところは、そういったものを限りなく排除して、「充実」に振りきれている点にあります。学園祭や旅行、都会の生活・・・いずれも「充実ランク」「充実偏差値」が高いものだと思います。ですが、そういった行動を形だけ真似したところで、充実が得られるわけでないことはすぐに分かります。

     そんな中、「充実」に振りきれているこの本は素晴らしいです。そして、その充実をありのままに言葉にできる才能もまた、素晴らしいと思います。朝井さんが充実ランクの高いことをしてきた、とか、男性最年少で直木賞を受賞した、とかそういったこととはいったん切り離します。切り離した時に見えてくる「ひとりの人間の充実した人生」、ここに価値があると思います。本当の充実がどれだけ難しいか、それを踏まえたうえで、そう思います。

    a0731_000738.jpg

     朝井さんも、リア充という言葉のことは意識しているようです。

    素敵リア充みたいなエッセイを書いてしまった。バカバカ。(中略)自分を貶めるふりをしてリア充をアピールするエピソードを振りかざすなんて、私の嫌いなタイプのツイッターユーザーと同じではないか。


     朝井さんというのは世間がイメージする「リア充」そのもののような人なのですが、そんな朝井さん自身は世間のイメージする「リア充」とほどよく距離を置いているというところが面白いです。

     リア充を「アピール」する(しかも、自分を貶めるふりをして)
     他人を指してリア充と言う

     どちらも「他人」が入っています。充実している人が自分は充実している、とわざわざアピールする必要はありませんし(上で言ったことと反して、他人の目を気にしています)、他人のことを指して「リア充」というのもまたおかしな行為です(他人の充実など分かるはずもないので)。

      本当の充実を示しながら、リア充、という言葉の欺瞞を明らかにしている、そんな1冊かもしれませんね。(たぶん、朝井さんはそのことをかなり意識しています。面白おかしく書いているようで、戦略的な面も感じます)

    自分を映す鏡



     楽しく読める作品ですが、案外「自分を映す鏡」になっているという一面があるかもしれません。

     何も考えずに楽しく読める、という人が多分本当の充実に一番近い人だと思います。逆に、朝井さんのことをひがんだり、ねたんだり、あげつらったり、そんなことをし出すと、本当の充実とはかけ離れてしまうのかも。

     でも、そうすると、この本を読んでこんな小難しい感想を書いている私は、「最も充実していない人間」になってしまいますね (^_^;)



    こちらもどうぞ

    「何者」 朝井リョウさん

     リア充、他人の目、そういったことはこの小説でもかなり意識されています。どんでん返しの結末もあり、ストーリーを追っても十分に面白いです。男性最年少での直木賞受賞作。

     
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    エッセイ, 朝井リョウ,



    •   23, 2015 19:56
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