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  • ことばギャラリー #4(終) 「すべてがFになる」特集

     25, 2015 19:04
    logo_1453274_web.jpglogo_1453194_web.jpg#4

     本の中から印象的なことばをピックアップする「ことばギャラリー」のコーナーです。第4回目の今回は、先日紹介した森博嗣さんのこの作品からことばを紹介していきたいと思います。

    すべてがFになる (講談社ノベルス)すべてがFになる (講談社ノベルス)
    (1996/04/03)
    森 博嗣

    商品詳細を見る


     「すべてがFになる」は、ミステリーとしての完成度も素晴らしいのですが、随所に見られる森さんのちょっと哲学的なことばもまた魅力的な1冊でした。今日は本編からは離れて、この作品から2つのことばを紹介していきたいと思います。



    まずは、こちらのことばから。

    cooltext115986122420395.png

    「元来、人間はそれを目指してきた。仕事をしないために、頑張ってきたんじゃないのかな?今さら、仕事がなくなるなんて騒いでるのはおかしいよ。仕事をすることが人間の本質ではない。ぶらぶらしてる方が、ずっと創造的だ。それが文化だと思うよ、僕は」



     ・・・思わず読み返してしまいました。すごいことを言っています。「仕事をしているより、ぶらぶらしている方が創造的」と。人間が目指してきたものは「仕事をしないこと」というのも大胆な見方です。

     森さんの本が初めてだったらもう少し驚いたかもしれませんが、私は森さんの「孤独の価値」という新書を読んだことがあったので少し納得する部分もありました。「ああ、森さんってこういう人だよね」という感じです。

     森さんは孤独に価値を見出します。孤独こそが、自分自身を見つめなおす人間の本質的な営みだ、という考えの持ち主です。「働く」「やりがい」「充実」そういったことに懐疑心を持っておられる方だと思います。

     仕事をすることと、ぶらぶらすること。どちらが創造的でしょうか?なかなか深いテーマです。

     私がどちらかと言われれば「仕事」だと思います。たしかに、決められた仕事をこなしていくというのは森さんの言うように創造性が足りないかもしれません。ですが、まがりなりにも「誰かの役に立っている」「自分が必要とされている」と思うことで創造性のない日々にも意味を持たせています。

     実際、自分がいなくなっても世界は普通に回っていくんだろうな・・・と思うこともあります。そんなことを考え出すと森さんが推すような「孤独」に引きずり込まれてしまうので、無理やりでも自分のやっていることには意味がある!と思い込ませるようにしています。

     反対に、「ぶらぶらすること」はすごく苦手です。自由な時間ができても、結局は暇を持て余して時間を無駄にしてしまうタイプ・・・。自由な時間に創造性を持たせるのは難しいですね。その点、作家さんは何もないところから作品を生み出すのですから、その創造性には頭が上がりません。

    a1180_015093.jpg

     もう1つ、このことばです。

    cooltext115986122420395.png

    何重にも張られたショックアブソーバで、彼は分厚い表情のない顔を作り上げた。興味のある対象に集中することで、何かを避けている。研究ばかりに没頭してきたのも、きっと、何かが恐かったからだろう。
    失いたくない。失うことが恐いのだ。それは、何だろう・・・。失いたくないために、幾重にも塗り重ねたペンキ。そして、ついには、何に色を塗っていたのか忘れてしまったのだ。忘れることで、防御したのかもしれない。自分には分からない。きっと、自分だけには、わからないようにしたのだ。



     この小説には理系の人物がたくさん出てきます。身近で殺人事件が起こっても、パソコンのシステム異常の方がよっぽど気になるという、ある意味「常軌を逸した」人たち。

     文系の私から見ると、理解できない光景でした。「この人たちには感情があるの?」「この人たちは自分が殺されそうになっても何も感じないのではないか?」そんなことを思いながら読んでいました。

     そんな時に出てきたのがこのセリフ。ハッとさせられました。この作品に出てくる人たちにももちろん感情はあります。感情がないのではなく、忘れることによって感情を捨て去っていたのです。

     研究に没頭して、感情を捨て去ってきたけれど、それは何かを避けているからだ。何かを失うことが怖いからだ。・・・そんな本音がのぞいたこのシーン。理系の方はもしかしたら共感できるのかもしれません。

     文系・理系と区切ってきましたが、よく考えるとこれは自分にとっても他人事ではありませんでした。最近、私は自分の感覚がマヒしていると感じる時があります。それは「テロや殺人事件のニュースを見た時」です。今年に入って死者が大量に出た事件や残虐な犯行による事件が続いた影響だと思うのですが、亡くなった方が1人という事件を見ても、以前ほど心が反応しなくなった気がします。「ああ、普通の殺人事件だ」などと思ってしまったことがありました。

     殺人事件が「普通」ということはあり得ないんですけどね・・・。そういう風に感情がマヒしていく怖さを感じました。殺人事件が起こっても平然としているこの本の人たちと自分は、実はそう遠くないのかもしれません。

     

    こちらもどうぞ

    #27 すべてよFになれ (すべてがFになる / 森博嗣さん)

     ストーリーについてはこちらに書いています。無駄のない素晴らしいミステリーでした。ですが、私は今日紹介したように随所に森さんが散りばめたことばの方が気になってしまいました。今私の中で「怖い作家」ナンバー1かもしれないです。

    追記 「ことばギャラリー」のコーナーは今回で終了させていただきます。全4回にわたり、読んでいただきありがとうございました。
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    森博嗣,



    •   25, 2015 19:04
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