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  • 教科書への旅 #3 「やまなし」 宮沢賢治 (前編)

     29, 2015 18:22
    教科書

     「教科書への旅」のコーナーです。記事へのコメントや、思い出の教科書作品の紹介など、このコーナーにはたくさんの反応をいただいております。第3回に取り上げるのは、長年にわたって教科書に掲載されているこの作品です。

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     宮沢賢治「やまなし」(小学6年生)です。その独特の世界観は、教科書に掲載された他のどの作品にもない不思議な存在感があります。この作品はには読みどころがたくさんあります。今回と次回、2回に分けてじっくりとみていきたいと思います。



    あらすじ



     小さな谷川の底に、2匹のかにの子どもがいました。川の底から、2匹は様々な景色を見つめます。泡、魚、日光、かばの花・・・そして「やまなし」。

     静かに流れる時間と、夢の世界のような美しい風景描写。宮沢賢治が綴る文章に嘆息します。

    この作品の思い出



    クラムボン

     「あ、なつかしい」と思われた方もいたでしょうか。この作品で印象に残るのは、何といっても「クラムボン」です。作中に何度も出てくるのですが、その正体が明確に明かされることはなく、「クラムボン」が何なのかは謎のままです。小学生の時に出会ったこの言葉を、私はいまでもよく覚えています。

     そして、もう一つ印象に残っているのは、「この作品は何が言いたかったのだろう」ということ。上にあらすじを書きましたが、作品の中に特に目立った動きはありません。小学生の当時は情感をよく理解することもできず、とにかく頭の中に「?」が渦巻いていた作品だったように思います。

    この作品のポイント



     教科書には、「やまなし」とセットで宮沢賢治の生涯を振り返る評伝が掲載されています。つまり、「やまなし」だけを読んでもこの作品を十分に理解することはできず、作品を味わうには宮沢賢治を理解することが欠かせない、ということが分かります。

    また、こんなことも書いてありました。

    題名のつけ方、構成、文章中の表現、言葉の使い方の全てから、読者は作者の思いを推測し、考えるのである。


     本当に表現が繊細な作品、表現の読み取りが生命線と言ってもよい作品です。そんな表現に気を配りながら、「やまなし」を再読してみたいと思います。


    再読!やまなし



     この作品は、5月と12月の2つのパートに分かれています。

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    にわかにぱっと明るくなり、日光の黄金(きん)は、夢のように水の中に降ってきました。波から来る光のあみが、底の白い岩の上で、美しくゆらゆらのびたり縮んだりしました。あわや小さなごみからは、、まっすぐなかげの棒が、ななめに水の中に並んで立ちました。



     まずは5月です。挿絵と文章を一緒に見ていただきました。ため息のでるような美しい描写を味わっていただけたと思います。川と光と泡・・・そんなどこにでもある風景なのに、まるでどこか遠い世界の風景を見ているようです。

     川の底から見上げる、という視点もよいです。普段、私たちが川を見るとしたら上から「見下ろす」視点をとります。この作品の視点は、川の底にいる子がにが川を「見上げる」というもの。どこか異世界を映したような不思議な雰囲気は、この視点の違いによって演出されているともいえそうです。

     美しい風景を描いているのですが、5月のパートで起こるのは自然界の厳しさを痛感させる出来事でした。川にいた魚が、カワセミに食べられてしまうのです。

    「お魚は・・・。」
    そのときです。にわかに天井に白いあわが立って、青光りのまるでぎらぎらする鉄砲だまのようなものが、いきなり飛び込んできました。(中略)魚の白い腹がぎらっと光っていっぺんひるがえり、上の方へ上ったようでしたが、それっきりもう青いものも魚の形も見えず、光の黄金のあみはゆらゆらゆれ、あわはつぶつぶ流れました。



     ここがその場面です。魚が食べられてしまったあとも、何事もなかったかのように光が差し込み、泡が流れています。あっという間に過ぎ去った出来事。美しい川の描写とは対照的な、残酷な印象が残ります。

     次に12月です。

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    白いやわらかな丸石も転がってき、小さなきりの形の水晶のつぶや金雲母のかけらも、ながれてきて止まりました。その冷たい水の底まで、ラムネのびんの月光がいっぱいにすき通り、天井では、波が青白い火を燃やしたり消したりしているよう。辺りはしんとして、ただ、いかにも遠くからというように、その波の音がひびいてくるだけです。



     再び挿絵と文章をみていただきました。5月の絵と比べて、川の色が変化しています。2つの絵を見比べながら、川もまた生き物なのだなということに気付かされます。

     そして、私は12月のこの描写がすごく好きです。「ラムネのびん」を通して月光が川に差し込んできたり、川に立つ波を「青白い火」に例えたり・・・。憎いぐらい、美しく繊細なセンスです。宮沢賢治の目からは、世界がこんな風に見えていたのでしょうか。そんな「美しい世界」を文章を通じて共有できることに喜びを感じます。

     12月に出てきたのは、作品のタイトルにもなっている「やまなし」でした。水の中に落ちてきた黒い物体を、子どもたちはまたカワセミがきたのかと身構えるのですが、その正体はやまなし(山に実る梨)でした。

    なるほど、そこらの月明かりの水の中は、やまなしのいいにおいでいっぱいでした。(中略)「待て待て。もう2日ばかり待つとね、こいつは下に沈んでくる。それから、ひとりでにおいしいお酒ができるから。さあ、もう帰ってねよう。おいで」



     お父さんがにが、子どもたちに優しく語り掛ける場面です。川に広がってくる、やまなしの香りが作品を締めくくります。美しい風景を想像して楽しむこの作品ですが、最後には「匂い」まで追加され、天国のような美しさに酔いしれて読み終えることができます。

     どうして5月と12月だったのだろう、ということが疑問に浮かびます。実は、12月という記述は誤りで、実際草稿に書かれていたのは11月だった、という説が有力なのだそうです。実際やまなしが実るのは秋ですから、後半は11月の描写と考えた方が自然かと思います。5月と11月、で考えてみることにします。

     5月は春の終わりから夏のはじまり。11月は秋の終わりから冬のはじまり。春や秋というのは過ごしやすく、心地よい季節です。それに対し、夏と冬は自然の厳しさを感じる季節だと思います。なかなか快適には過ごせません。5月と11月には、「厳しい季節に向かっていく変わり目」という共通点が見つかりそうです。

     そんな季節の変わり目の2つのエピソード。5月には「カワセミ」12月には「やまなし」が出てきます。上で見たように、カワセミは魚を食べるという自然界の厳しさを示した存在、対してやまなしは川いっぱいにいいにおいをもたらすという自然界の実りを示す存在、とその役割は対照的です。

     殺戮と豊穣、対照的な2つのテーマを、宮沢賢治は2つの季節の変わり目を通して描きたかったのでしょうか。小学生の時には何がいいたかったのかよく分からない話でしたが、ある程度作品に通じるテーマがありそうです。

     タイトルが「やまなし」というのも興味深いです。カワセミとやまなし、2つを対比しておきながら、タイトルは「やまなし」です。また、この作品に何度も登場する「クラムボン」(次回触れます)をタイトルにしてもよさそうなのですが、それでもタイトルは「やまなし」です。ここはすごく興味深いところです。

     先程触れたように、やまなしを「豊穣」の象徴に見立てたとすると、それこそがこの作品のメインテーマになるのでしょうか。・・・そんなに簡単でないような気もします。この「やまなし」というタイトルに込められた宮沢賢治の思いをじっくりと考えてみるのも、作品を味わう一つの方法ではないでしょうか。

     さて、今回はここまでです。次回は作品に登場する謎の存在、「クラムボン」について考えてみます。このクラムボン、本当にいろいろな解釈がありそうです。ちなみに教科書の注釈は、「作者が作った言葉。意味はよく分からない」とのこと。答えになっていませんね 笑。次回は、そんな「意味はよく分からない」存在に迫ります。



    こちらもどうぞ

    「やまなし」 宮沢賢治 (えあ草紙)
     美しい雰囲気を味わってみたい、という方はぜひ。教科書11ページ分の、短いお話です。

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    宮沢賢治, 教科書,



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