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燃えつきた女 -『火車』 宮部みゆき

 02, 2015 18:26

 「自分が誰であるか証明してください」、そう言われたらあなたはどうするでしょうか。住民票に戸籍、そしてこれから導入されるマイナンバー・・・。いろいろ浮かぶと思います。ではもし、誰も知り合いがいない町で、何も持っていない状況だったら?どうやって、自分が自分であることを証明できるでしょうか??

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宮部 みゆき
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 宮部みゆきさんの「火車」を読みました。2つの恐怖を感じる作品でした。1つ目は、メインテーマであるカード破産の恐怖。そして2つ目は、「世の中に自分の居場所がないという恐怖」-。



名前のない女



 休職中の本間刑事は、妻の親戚である和也から、ある頼まれごとをされます。それは、突如失踪してしまった和也の婚約者、関根彰子の捜索でした。

 クレジットカードの審査を申し込んだ彰子でしたが、その審査段階でなんと過去に自己破産をしていた、ということが判明しました。和也が事の真偽を問い詰めたところ、彰子は突然姿をくらませます。

 彰子の行方を捜す本間刑事ですが、捜査中にある違和感が頭をよぎります。1人の人間が持つ、あまりにも違った顔。矛盾する証言。彼はある可能性にたどり着きました。

 関根彰子になりすましていた「別の誰か」がいるのではないか?

 突如浮かんだ謎の女の影。単なる人探しではありませんでした。謎の女の正体に、本間刑事の関心は高まります。

今、どこにいる?夜の闇の向こうに、心の内で、本間は問いかけた。彼女はどこにいる?そして、何者だったのだ?



居場所のない女



 本間刑事たちは作品のラストでようやく謎の女にたどり着きます(たどり着くのです、が・・・)。作品の後半までは、彼女の名前すら分かりません。作品の表には一切登場することのない彼女。外側から、外堀を埋めるように明らかにされていった彼女の人生は、「現代社会の悲劇」ともいうべき、悲惨なものでした。

 メインテーマはカード破産。自己破産や、借金と聞いた時、明るいイメージを抱く人はいないと思います。「計画的にお金を使っていないからだ」「自分でお金を管理できなかったのだから自己責任だ」そんな風に思うかもしれません。実際に私はそうでした。

「現代のこの世の中で、クレジットやローンのために破産に追い込まれるような人たちは、むしろ非常に生真面目で臆病で気の弱い人たちが多いんですよ」

多重債務者たちを、ひとまとめにして『人間的に欠陥があるからそうなるのだ』と断罪するのは易しいことです。だがそれは、自動車事故にあったドライバーを、『おまえたちの腕が悪いからそうなるのだ。そういう人間は免許なんかとらないほうがよかったんだ』と切って捨てるのと同じことだ」



 カード破産を「交通事故」に例えたのは全く持って意表を突かれました。交通事故とはつまり、自分に非がなくてもいつでも巻き込まれる危険がある、ということです。生真面目な人の方が追い込まれる、というのも深刻な事態です。私自身、まさに「非常に生真面目で臆病で気の弱い」人間ですから、ここは他人事には思えませんでした。

 自分が今幸せで平和な場所にいるから、考えが及ばないのだと思います。私たちの平和で幸せな暮らしは、常に誰かの犠牲のもとにあります。そんなことを考え出すと生活ができなくなるから、私たちは目をつぶるしかありません。一度「世間」から見捨てられた人間、転がり落ちた人間は、私たちの目の届かないところで、全てをむしり取られ、はがされ、死屍になっても鞭を打たれ続けるのです。

―あたし、どうしてこんな借金をつくることになっちゃったのか、自分でも分からないのよね。
あたし、ただ幸せになりたかっただけなのに


 この本を読む前だったら、「借金をしておいて無責任だ」と非難していたかもしれません。ですが、今はそんなことはできません。彼女は、突然「交通事故」に遭ってしまった、ある意味最大の被害者だったのですから・・・。

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 私たちが決して見ることのない「裏の世界」で、叫び声をあげることすら許されず、ただひたすらその身を燃やされ続けていた1人の女性。借金の取り立ての恐怖も相当のものでしたが、私がより恐ろしく感じたのは「居場所がない」という恐怖でした。

名前とは、他人から呼ばれ認められることによって存在するものだ

 なりすましを行っていた彼女は、自分の本当の名前を名乗ることすら許されません。残酷なのは、彼女が孤独だったということです。もし誰か自分を理解してくれる人がいれば、自分の名前を呼んでくれる人がいれば、名前を捨てることはできなかったはずです。

 「自分の名前を呼んでくれる人がいない」、このことが意味する恐ろしさに気付いた時、背筋が凍ります。

どこにもいない女


 
 最初に、「どうやって自分が自分であると証明するか」という話をしました。住民票に戸籍、マイナンバー。よく考えると気づきます。私たちの存在を証明する手段が、どこまでも機械的で、そして脆いということに。

 マイナンバー制度が導入され、国民には12桁の番号が与えられます。今年の10月から通知が始まるそうですね。

 マイナンバー制度でどれだけ世の中が便利になるか、といったことはいったん置いておいて、少し意地悪なことを言います。私たちの存在を証明するのは、たった12桁の数字です。
 

「夢はかなえることができない。さりとて諦めるのは悔しい。だから。夢がかなったような気分になる。そういう気分にひたる。(中略)そこへ、見境なく貸してくれるクレジットやサラ金があっただけって話」



 私たちの存在は機械的に管理され、しかも、一度落ちたら人生が終わるという地獄のような落とし穴があちこちに潜んでいる・・・恐ろしい時代になりました。でも、時代の針は戻せません。自分が自分である、と真に証明できるのはこの世でただ一人です。その「ただ一人」を見失うことがないようにしたいですね。

◆殿堂入り決定!

「最果ての図書館」は『火車』を「シルバー」に認定しました。おめでとうございます!





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 こちらもおすすめです。ストーリーの面白味は「火車」、テーマ性は「理由」かなと個人的に思います。

 宮部みゆきさんの「火車」と「理由」を両方読んだのですが、この2つにとても似た雰囲気を持つ作品があることに気付きました。

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 安部公房の「燃えつきた地図」という作品です(1967年発表で、「火車」や「理由」より20年以上前ですね)。団地や家族、という点では「理由」と共通している一方で、「失踪」という点では「火車」と共通していますね。作品の雰囲気もとても似たものを感じました。こちらの方が先に出版されているので、宮部さんは影響を受けたのでしょうか?

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宮部みゆき, 小説,



  •   02, 2015 18:26