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そんなに「力」が欲しいですか?

 06, 2015 18:08
コラム

 今日はコラムのコーナーです。テーマは、やたらと多い「力」というタイトルの本について。このブログでこれまで紹介してきた本の中にも、力というタイトルの本、いわゆる「力本」が2冊ありました。どうして力本が溢れるているのか、考えてみたいと思います。




 「○○力」という本が、とにかく巷に溢れています。ベストセラーになった本を見ただけでも、その数の多さが分かります。渡辺淳一さんの「鈍感力」、姜尚中さんの「悩む力」、池上彰さんの「伝える力」に勝間和代さんの「断る力」・・・思い出すだけでもたくさんの本があります。

 そして、このブログで紹介した中にある「力本」は以下の2冊です。

読書力 (岩波新書)読書力 (岩波新書)
(2002/09/20)
齋藤 孝

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「読書力」 齋藤孝さん (3月26日)
 読書の指南書として多くの人に読まれている齋藤孝さんの1冊ですね。ちなみに、齋藤さんの出す本には「力本」が大変多いです。「教育力」「質問力」「コミュニケーション力」「暗記力」・・・まだまだあるようです。

叱られる力 聞く力 2 (文春新書)叱られる力 聞く力 2 (文春新書)
(2014/06/20)
阿川 佐和子

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「叱られる力」 阿川佐和子さん(3月7日)
 2012年のベストセラー、「聞く力」の続編です。力本の中でも最も成功を収めたシリーズではないでしょうか。コミュニケーションの大切さが認識されるようになった時代の流れを上手く捉えたように思います。

 実際に読んでみて、「紹介したい」と思ったのでこのブログで取り上げています。中身は充実していて、ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思うのですが、なにぶん私が気になるのがこれらの本の「力」がつくタイトルです。

 結論をいうと、この力がつくタイトルはあまり良いものではないと考えています。同じようなタイトルの本が氾濫して没個性的になっています。また、「売るための本」という側面が強く感じられるのも、個人的にはどうかなと思っています。そんなことを思っていたら、興味深い記事を見つけました。「叱られる力」の刊行に際して、阿川さん本人が語っている「本の話」のページです。

記事はこちらから

 大変興味深い記事でした。なんと、この本のタイトルを決める際、「力というタイトルは避けよう」という話になっていたそうではないですか!話は出たものの、結局は「力」がつくタイトルになった、その顛末が語られています。

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 「次に新書を出すなら、『力、力と言わない力』ってタイトルにしたらどうだ」

 きっかけは、阿川さんのお父様からの一言でした。「叱られる力」を読むと分かるのですが、大変堅気で厳格なお父様です。安易に「力」とタイトルにつけることを嫌う考えは、私が先程書いたことと共通するものがあります。

 そんな一言を受けて、一生懸命「力」のつかないタイトルを考えようとした阿川さんと編集部の皆さん。たくさんの候補が出て来たようです。

叱られ上手、叱られる覚悟、叱られ前、叱られる喜び、叱られる品格、叱られる人々……、そのうち、叱られるiPS細胞、叱られる富士山、叱られるバカ、叱られラッキー、叱られる準備はできていない、なんてものまで登場し・・・


 議論の末、結論はこうなりました。

「さんざん『力』を避けてきましたが、結局、『叱られる力』がいちばん、しっくり来るような……」


 
 悩んだ挙句、タイトルは「叱られる力」に落ち着いたようです。この話を読んで、私が思ったことは2つありました。ますは、「編集部が勝手に付けたタイトルではなくてよかった」ということ。もしも編集部の人たちがこの本を売りたいがためにろくに中身も読まずにタイトルを「叱られる力」にしていたのなら、私は納得がいかなかったと思います。阿川さんがタイトル決定に絡んでいたのなら、タイトルに噛みつく必要はありません。

 ですが、2つ目に思ったのは「それでもやはり、『力』をつけるタイトルはちょっと残念ではないか」ということでした。たしかに、力というタイトルはしっくりくると思いますし、「本を読んで何か特別な『力』を得たい」と思っている人たちを格好のターゲットにできるので、売り上げも望めます。出版側からすれば、鉄板のタイトルだと思います。

 それでも、私はやはり没個性的になってしまうことが気になりました。本屋さんに行けば、同じような本が溢れています。「またか」という感じがしないでもありません。力本は内容が玉石混淆で、失礼な言い方になりますが中身が何もないような本も中には混ざっています。「聞く力」シリーズはとてもよい本だと思うので、そういった残念な力本と一括りにされてしまうのはもったいない気がします。

 また、タイトルと中身がかみ合っていないような気もします。「叱られる力」の魅力は、エピソードを通して伝わってくる阿川さんの気さくで鷹揚な人柄だと思っています。たくさん叱られることによって、そんな人柄になった、その過程を味わうような本ではないかと思います。先ほど言ったような、「本を読んで何か特別な『力』を得たい」という考えとは全くかみ合いません。その点、どこかずれているような気がしないでもないタイトルです。

 齋藤孝さんの「読書力」もそうでした。この本は、齋藤孝さんがどれだけ本を愛してきたか、そしてそこから齋藤さんがどんな人になったか、私はそれを考えながら読みました。たしかに読書に関するスキルもたくさん書かれているのですが、「読書力」というタイトルからは齋藤さんの「読書愛」が伝わってこず、少し残念です。

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 「読むための本」が「売るための本」に変わってしまっている!

 まとめです。「力」というタイトルをつける出版社の人が安直だ、ということを言いたかったのではありません。「力」というタイトルをつけるのは、そういうタイトルの本が売れるから、言い換えれば読み手に求められているから、ということになります。

 たしかに、力本は気になります。自分に当てはめてみても、例えば「就活力」だとか、「大学で学ぶ力」だとか、そんな本があったら気にはなると思います。ただ、あまり本を過信しないということと、本を読んだら何かが変わるという単純な考えはやめよう、というのが自分への戒めです。

 昔、本は「知識を得るため」「読むため」にありました。それが、今の時代のように「売るため」という部分が強くなってしまうことには問題があります。読んだらすぐにブックオフ、そんな風に本が消費財として扱われると、本当に良い本、読まれるべき本まで淘汰されてしまいます

 何か特別な力を求めて、すぐに力本に飛びつくような読み手も、立ち止まって考えなくてはいけないのかもしれませんね。
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  •   06, 2015 18:08