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  • 宮沢賢治・イーハトーヴへの旅 #4 「注文の多い料理店」

     13, 2015 21:40
    イーハトーヴ

     ※この記事は「注文の多い料理店」の感想を書いたものですが、読書感想文を書くとしたらどのような視点になるかをまとめた別記事も用意しています。読書感想文関連の検索で来られた方は、ぜひそちらの記事を読んでみてください。

     →「注文の多い料理店」の読書感想文を書こう!

     
     宮沢賢治の作品を読んでいる特集コーナーです。「やまなし」を前後編で読んだ後、宮沢賢治の生涯について簡単に整理していました。今日は第4回目になります。小学生の読書感想文として読まれることも多いこの作品です。

    注文の多い料理店 (新潮文庫)注文の多い料理店 (新潮文庫)
    (1990/05/29)
    宮沢 賢治

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     「注文の多い料理店」です。私も読書感想文を書いた記憶があります。あれから10年以上、あらためてこの作品を読み返してみます。



    あらすじ



     2人の若い紳士が、犬を連れて山に狩りにきていました。お腹が減った2人は、山奥で立派な西洋造りの家を見つけます。そこにはこんな看板がかかっていました。

     RESTAURANT WILDCATHOUSE (西洋料理店 山猫軒)

     戸には、「どなたもどうかお入りください」の文字が。お腹が減った二人は、喜んでレストランに入っていきます。「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」こんな注意書きがありました。注文が多いとは、山の中にあるのに随分流行っている店なのだな、と2人は期待して扉を開けたのですが・・・

    「注文の多い料理店」の感想



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     子どものときは、調子に乗っている2人の男が懲らしめられる、いわゆる「勧善懲悪モノ」として楽しんでいたと思います。ですが、前回見ていた宮沢賢治の思想的な面も考慮に入れると、違った見方ができそうです。

     ストーリーの方はあまりにも有名なので、ネタバレをしても大丈夫かと思います。「注文の多い」とは、客が店にする料理の注文ではなく、店側が客に出す注文のことでした。2人の男は指示に従って店の奥に進んでいくのですが、その指示がおかしなものだということに勘付きます。「体にクリームを」「体に塩を」・・・2人は店の奥にいた山猫に食べられようとしていたのでした。絶体絶命というところで、2人は連れていた犬に救われます。

     最初に目につくのは、2人の「紳士」という設定。それに、その紳士が繰り広げる会話の場面です。

    「ぜんたい、ここらの山は怪(け)しからんね。鳥も獣も一疋(ひき)も居やがらん。なんでも構わないから、早くタンタアーンと、やって見たいもんだなあ。」
    「鹿の黄いろな横っ腹なんぞに、二三発お見舞いもうしたら、ずいぶん痛快だろうねえ。くるくるまわって、それからどたっと倒れるだろうねえ。」


     2人が動物の命を軽視している、ということが分かります。前回見たように、宮沢賢治というのは、人間も、動物も、植物も、命はみな平等という価値観を強く持った人です。ということは、2人は宮沢賢治にとって「罰を受けるべき人間」「忌まわしい存在」ということになります。楽しい勧善懲悪モノとしてももちろん読めるのですが、作者が自分が嫌悪する存在を主人公にして、そこに制裁を加えるという形の作品といえそうです。

     「紳士」ということばが私はすごく気になります。山奥に狩りにやってくる人たちにしては、ちょっと場違いな気がしませんか?「狩人」でもよかったですし、「村人」でもよかったのです。「紳士」ということばを選んだのも作者からのメッセージと捉えると、これはこれで興味深いです。

     二人の若い紳士が、すっかりイギリスの兵隊のかたちをして・・・

     冒頭文はこう始まります。何気ない個所ですが、宮沢賢治が主人公たちに制裁を加えていた・・・と考えると、ここには「西洋への嫌悪感」が含まれているのでしょうか(そういえば、作品の中ではレストランは「西洋料理店」と訳されています。西洋は明らかに意識されていますね)。紳士、というどちらかと言えば裕福な階級の2人を主人公にしたのも、そういった裕福な人々に対する嫌悪感があったのかもしれません。

     問題は、なぜ宮沢賢治が裕福な人々を嫌悪していたか、ということですね。これは、話を進めていくとなんとなく見えてきます。

    「壺の中のクリームを、顔や手足にすっかり塗ってください」
    みるとたしかに壺の中のものは牛乳のクリームでした。
    「クリームを塗れというのはどういうんだ。」
    「これはね、外が非常に寒いだろう。室(へや)の中があんまり暖いとひびがきれるから、その予防なんだ。・・・」


     
     「おかしいと思えよ!」と突っ込みを入れたくなる箇所ですね。明らかにおかしいのに、2人が気付かずにとんちんかんなことを言っている、というのはこの物語の面白味で、子どものときは面白おかしく読めました。

     ただ、今ここに感じるのは、2人にあまりにも想像力が欠如している、ということです(また出ました、想像力!)。食べられようとしているのに、まんまと騙されて、明らかにおかしい指示に立ち止まることもなく店の奥に進んでいます。

     冒頭の部分も、想像力の欠如に置き換えることができます。2人の軽率な会話からは、動物の命を奪うという行為に対する自覚が感じられません。

     そんなことを考えながらこの話をまとめると、この話はこんな構成になっています。

    動物の命の重さを感じることのできない、想像力に欠けた2人

    おかしな指示に違和感も覚えず、店の奥に進む想像力に欠けた2人

    こっぴどい目にあう

    自分たちが食べられそうになることで、命の重みを知る


     
     ちょっと説教臭くなってしまいましたが、子ども向けの短いお話にこれだけのメッセージが込められています。最後に2人を救うのは犬、というのも印象的です。人間はどうしても傲慢になってしまい、動物の命を軽んじてしまいますが、最後はそんな動物に命を救われます。「命の重さは人間も動物も平等」というメッセージが伝わります。

     再読して初めて気付いたのですが、この物語の最後がかなり印象的です。

    しかし、さっき一ぺん紙くずのようになった二人の顔だけは、東京に帰っても、お湯にはいっても、もうもとのとおりになおりませんでした。



     2人をひどい目に遭わせただけでなく、二度と消えることのない傷跡を残したという結末です。改めて読むと、なんて怖い話なのでしょう。この結末はいろいろと解釈できそうです。私は、「他人の痛みを理解することができないのなら、忘れることがないように一生傷にして残しておけ」という強い主張なのかな、と思いました。



    イーハトーヴ

    心を通い合わせて―評伝・宮沢賢治
     宮沢賢治の生き方と思想について、簡単にまとめています。

     青空文庫でも宮沢賢治の作品はたくさん読まれているようです。先月のランキングを見ると、「雨ニモマケズ」が2位、「銀河鉄道の夜」が7位、そして今日紹介した「注文の多い料理店」が14位、先日紹介した「やまなし」が18位と20位以内に4作品も入っていました(ただ、上には上がいて、夏目漱石は20位以内に5作品です!)。
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    宮沢賢治,



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